Aoyama Revisited

Jet2005-01-13

ああ、僕はまたここに来てしまった──。
途中下車の魅力。パスネットの気軽さ。ホンダファンの“聖地”、ここウェルカムプラザ青山は、地下鉄銀座線の青山一丁目駅、僕の仕事場の一つ手前にある。ちょっと自分がずれてしまったな、と感じると、僕はふとここに来ることがある。
デザイナーという人種と表参道なんぞで長々と打ち合せした後は、自分に泥の一つでもかけて少し汚したい気分になる。なめらかで、無垢で、静謐。細い線ひとすじに至るまで緻密に意図されたそんな世界も悪くはないが、世界はもっと不確実で破れかぶれで、でもワクワクするほどパワフルなはずなのだ。
ずらりと並んだHONDAグッズを一通りひやかした後、コーヒーを注文して喫茶スペースに腰を落ち着ける。周りでは休憩するビジネスマンや待ち合わせらしき若い女性が思い思いに談笑したり、雑誌のページを繰ったりしている。その傍らにCB750VFRといった荒ぶるホンダ製モーターサイクルがずらりとタイヤを休めているのは、なんとも奇妙な光景だ。


厳しくなった寒さと忙しさにかまけて、もう2週間以上もバイクに触っていない。これだけ寒いとさすがに「乗りたくて身体が疼く」ということはないが、心の奥でパチパチキャンディーのようにずっと何かが弾け続けている。
「久しぶりだね」僕は2重にカバーをかけ、あちこちにロックをぶらさげてフランケンシュタインのようになってしまい込まれているわがCBR1000RRの代わりに、キャンディタヒチアンブルーの展示車を隅々まで眺めまわす。
やがて、僕の眼は焦点を失う──革ツナギの心地よい重さ、SIDIのブーツのカチッとした感触が身体によみがえる。コーナーが迫る。すっと腰をずらす。つま先を心持ちアウトに向けてヒールガードに押しつけた踵。斜めに横切ってシートに密着した内股。そこから確かな安心感が立ちのぼってくる。馴染んだテグナー製グローブの指先でブレーキレバーを探り、引き寄せる。素早く、しかしゆっくりと。
コーナーの先を見る。ブレーキを離し、イン側のステップをスイッチのように踏み込む。CBRはまるで大きな帆船が転針するようにおおらかに、しかし実際には驚くほどクイックに向きを変える。すかさずシートに体重を移して、車体にすべてを委ねる。アクセルを開けるまでぐいぐいと続くリーンの時間は、実は一瞬なのにまるで永遠にも感じるほど長く、官能的だ──。

ふと我に返ると、ひょろりとした30代くらいのサラリーマンが二人、「すげえなあ」という風情で1000RRを触っている。
「どうだいお前、これ」「いやいやもうこのトシじゃね」そんな会話が聞こえてくるかのような照れ笑いをしながら、二人はすぐに立ち去ってその向こうのS2000のドアを開け、シートに身体を沈めて満足そうな表情を浮かべている。
ピーキー過ぎて、お前にゃ無理だよ──そんな有名なセリフを頭の中で呟きながら、「実はその正反対なんだよなあ」と僕はため息をつく。世界最高のモーターサイクルのひとつにその手で触れながら、彼らがそれに乗ることはたぶん一生ないのだろう。ドアノブに手をかけたことすら気づかないうちに、新しい世界の扉を開く機会はいともたやすくこぼれ落ちていくのだ。
ふと見れば展示のレイアウトが変わっていて、シャドウ・スラッシャーやマグナ、それにビッグスクーターといった「売れ筋」たちが、青山通りに面した窓のそばの“一等地”にずらりと並べられている。その外では、寒風に首をすくませながら、大人たちがせわしげに道を急いでいるのが見える。
ほら、扉はここにあるよ──僕は、トランペットを欲しがる少年のように窓に額をくっつけてバイクを眺めている大人がひとりくらいいないかと辺りを見まわしたが、誰もいなかった。しばらくそのまま待っていたが、誰も立ち止まらなかった。みんなどこかへ急いでいた。
仕方がないので僕も立ち上がって仕事場へ向かった。建物の外で振り向くと、シャドウ・スラッシャーはいつまでも、暖かいガラスの向こうで車体を輝かせていた。

渡世にかまけてたいへん遅いスタートになりましたが、やっとこさ始動します。あとは春に向けてカウントダウンするだけ!今年もABモータースをよろしくお願いいたします。