Autumn Wind

連休の二日目。次の月曜日は雨だとわかっていた。
CBRを引っ張り出して山へいくなら今日だ、とわかっていた。
午前4時。僕は鳴った目覚ましを止めて、もう一度目を閉じた。


疲れている?そうだ。今の仕事場の状況からすれば。
でも、違う。
僕は、少し、恐かったのだ。


自分を駆り立てる、何かが。
ワインディングを前にして、心の中で燃え立つ何か。
日常を忘れ、背筋を逆撫でされるように、身を奮い立たせる何か。


ヒヤッとする時もある。「うわー、危なかった」と思うときもある。
自分では全て、そのリスクを負っているつもりだった。


「“安全のためなら死んでも良い”のよね」
全身をプロテクターで固め、また次の新しい安全装備をカタログで見ている僕に、妻が僕が昔言った冗談を引き合いに出してからかう。


でも、本当に必要なのは、装備じゃない。心なのだ。
全てを自分がコントロールしていると感じること。
一切の邪念や見栄、競争心。それを全て超えたときに、本当のバイクとの一体感がある。


今、自分は他の何者にも操られていない。感情にすら。
自分が、すべて自分の意のままに何かしている。
──そう思えたとき、本当にバイク乗りの幸せがやって来ると、僕は思う。


だから、少しでも「乗らなければ」と言う義務感や、「乗ってスッキリしよう」というフラストレーション──それがあるときは、僕は峠に行くのが恐い。
だから、やめたんだ。その日は。


***


開けた窓から、秋の風が忍び込んでくる。
家の外では、いつの間にか虫が鳴いていた。
もう冬装備が必要だな。タイヤのグリップにも注意だな。
少し寂しくなりながら、僕は静かに虫の声を聴く。


***


その夜、僕はニュースを知った。
今、僕は生まれて初めて、バイクに乗るのが恐い。


でも、
#17。


僕は、もう一度乗るだろう。
乗り続けるだろう。


そして、誰かに伝えるんだ。
この乗り物の素晴らしさ、操ることの楽しさ。
その先にあるレースという世界の興奮。


さようなら。でも、くじけないよ、
伝えるんだ。誰かに。