無題


よく行く小さなレストランで
僕はそのニュースを聞いた
まるで世界で一番固い岩について語るように
その人ははっきりと僕に言った
彼をもう二度と、あの場所で見ることはないのだと


世界で最も尊敬されるエンジニアがつくった
負けず嫌いの小さな会社
彼らの作るマシンは、絹のようになめからだと伝えられた
いまなお同じ言葉でたたえられるモーターサイクルで
そのエースの番号を誇らしげに縫い付け
彼は、世界で最も速い男を決めるゲームで戦っていた
教科書のようにくせのないフォームと
体の下で駆るエンジンと同じようにスムーズな軌跡
競争相手たちが見せる
心臓を掴みあうような闘いをよそに
彼は、あまりにも美しく走っているように見えた
しかし
一枚の写真が、すべてを教えてくれた

深い穴のようにすべてを吸い込む
シールドの暗がりの奥に
彼の眼がのぞいていた
血と、肉と、すべてを踏みにじった勝利を求めて
わが躯も裂けよとばかりに叫ぶ巨大ないきものが、その中にいた
目の前を往くすべてを捕らえ、すべてを打ち倒し
あらゆる敗者を嗤い、世界を自分ひとりのものにしようと
それは彼の黒い瞳の中で身もだえしていた


運動家に終わりは来ると、人は言う
競争者の定めだと、誰かが言う
彼が何をもとめて、何を思い、何を描いているのか
僕たちが知る必要はないだろう
そのかわり僕は
さようならは言わない
ありがとうも言わない
お疲れさまも言わない
なぜなら
思い描けば
それがいまでもそこにあるからだ
ゼッケンナンバー11と
宇川徹
彼の名前が
そして
いまでもこちらを睨んでいる
あの瞳の中の怪物が──