好きなのよ

Jet2005-01-18

「好きなのよ……カワサキが!」
おっと、笑うところじゃない。僕はそう思いながらも、映画の舞台となる70年代から遠く隔たった現在を──ZX-RR、そして中野真矢選手の顔を思い浮かべて苦笑せずにはいられなかった。今も昔も、こんなセリフが似合うメーカーは他にない*1
自宅で加入しているケーブルテレビで角川映画特集をやっていたので、昔少しだけ観て放り出してしまった彼のオートバイ、彼女の島 [DVD]を見直すことができた。もちろん、雨の中で叫ぶ主演の原田貴和子は単に主人公の乗る650RS W3を「カワサキ」と呼んでいるのであって、メーカーイメージがどうこうという話ではない。しかしいまチーム・グリーンに改めてこのセリフを聞かせれば、本当の意味はどうあれそれは彼らを元気づかせるに違いない。
この映画は、プレスライダーの主人公と、彼の乗るW3(ダブサン)に男根崇拝的な偏愛を寄せる一人の女性をめぐる、“But she's gone.”タイプの物語だ。鬱々とした現実から脱出しようとする主人公と、手の内に収まらない自由奔放でどこか危うげな美女。そして二人の関係を繋ぐのは物言わぬビッグマシン、W3──。
80年代に一瞬の輝きを見せた原田貴和子と新人時代の竹内力が、儚さを残すラストへ向けて淡々と物語を紡いでいく。バイクを巡るロマンティシズムと陶酔が徹底的に描き切られ、バイクで「風になる」という表現に魅かれるタイプの人であれば、間違いなく心のどこかをこの映画で埋めてしまえる“良作”だ*2。かくいう僕も、カワサキがW650を発売した時はこの映画を念頭に購入を検討したのだから(笑)。


それにしても──この映画が現代のスポーツバイクで作られていたらどうだろう?軽量な樹脂パーツとアルミの塊、その心臓部は電子信号でびっしりと覆われたそんな「プラスティック・バイク」を間に据えてストーリーを作れるだろうか?
劇中では、ロケ地となった岩小島の緩やかな斜面を主人公たちの乗る650RSとCB750がリズミカルに駆け登る。ニーグリップなど全くせず、大股に足を開き、ステップへの荷重とアクセルだけで乾燥重量199Kgの鉄馬を右に左にと操っていく。
これがもし、革ツナギに身を固め、ハングオンしながら膝を擦って駆けていくNSRとYZRだったりしたら──悲しいかな、物語の雰囲気は台無しであるのは一目瞭然だ(というかぜんぜん違う話に見えるな)。金属の存在感、パワーを象徴する音と熱、たくましい鼓動──現実を疎う男が求める“翼”と、心の自由を求める女が望む“力”を象徴する装置は、やはり空冷ビッグバイクのそうした姿でなければならないのだ。
とはいえ、当時のビッグツインがただ重厚なだけというわけではない。そこには今と何ら変わらず、少しでも速く、パワフルで高性能であろうとするスピリットが流れている。『彼のオートバイ〜』の舞台となる1977年の時点では、5年前の発売とはいえW3はまだまだ先鋭のハイパワーマシンであり、位置づけ自体もW1SAのダブルディスク版というスポーツモデルだった。
──そうは思うものの、だからといってZX-10RやCBR1000RRがW3の代わりにこの物語を紡げないのは確かだ。もちろんレーサータイプのバイクが販売を許されなかった当時の背景というのはあれど、この時代のハイパワービッグバイクの形や構造には人間の意識とどこか繋がる要素、バイクという存在があまねく人に訴えかける何かが隠されているのかもしれない(もちろん原作者である片岡義男の強い思い入れもあるだろうけれど)。

ともあれ、大林ワールドにねじまげられた原作との違いやプロデューサーとの対立でカットとなった数十分、そして議論かまびすしい複数解釈の可能なラストなど色々な裏話はあれど、この映画はバイク乗りなら通過しておくべき一本といえるだろう。
もう一つの“通過儀礼”、『汚れた英雄』については後日──。*3

*1:好きなのよ……ホンダが!
好きなのよ……ヤマハが!
好きなのよ……スズキが!(笑)
……ダメだ。カワサキでなきゃ。

*2:しかしそれ以外の人には眉をひそめられかねない。一緒に観た妻はクサイセリフ回しと男に都合よく作られたヒロイン像に終始うんざりしていたようだ(笑)。

*3:今回は自主画像の慣例を破り、文中の画像を『MOVIE BIKERS』さん(http://www.sashu.co.jp/movie/index.html)から拝借しました。バイクの出てくる映画だけを特集した、バイク乗り必見の良サイトです。