Autumn Wind

連休の二日目。次の月曜日は雨だとわかっていた。
CBRを引っ張り出して山へいくなら今日だ、とわかっていた。
午前4時。僕は鳴った目覚ましを止めて、もう一度目を閉じた。


疲れている?そうだ。今の仕事場の状況からすれば。
でも、違う。
僕は、少し、恐かったのだ。


自分を駆り立てる、何かが。
ワインディングを前にして、心の中で燃え立つ何か。
日常を忘れ、背筋を逆撫でされるように、身を奮い立たせる何か。


ヒヤッとする時もある。「うわー、危なかった」と思うときもある。
自分では全て、そのリスクを負っているつもりだった。


「“安全のためなら死んでも良い”のよね」
全身をプロテクターで固め、また次の新しい安全装備をカタログで見ている僕に、妻が僕が昔言った冗談を引き合いに出してからかう。


でも、本当に必要なのは、装備じゃない。心なのだ。
全てを自分がコントロールしていると感じること。
一切の邪念や見栄、競争心。それを全て超えたときに、本当のバイクとの一体感がある。


今、自分は他の何者にも操られていない。感情にすら。
自分が、すべて自分の意のままに何かしている。
──そう思えたとき、本当にバイク乗りの幸せがやって来ると、僕は思う。


だから、少しでも「乗らなければ」と言う義務感や、「乗ってスッキリしよう」というフラストレーション──それがあるときは、僕は峠に行くのが恐い。
だから、やめたんだ。その日は。


***


開けた窓から、秋の風が忍び込んでくる。
家の外では、いつの間にか虫が鳴いていた。
もう冬装備が必要だな。タイヤのグリップにも注意だな。
少し寂しくなりながら、僕は静かに虫の声を聴く。


***


その夜、僕はニュースを知った。
今、僕は生まれて初めて、バイクに乗るのが恐い。


でも、
#17。


僕は、もう一度乗るだろう。
乗り続けるだろう。


そして、誰かに伝えるんだ。
この乗り物の素晴らしさ、操ることの楽しさ。
その先にあるレースという世界の興奮。


さようなら。でも、くじけないよ、
伝えるんだ。誰かに。

 ドラゴン・スレイヤー



僕は「どこそこには魔物が棲んでいる」という言い草があまり好きではない。いかなる結果もチームやライダーの努力(あるいはミス)の積み重ねというモータースポーツのビターな側面が、そんな一言でなんだかキレイに片づけられてしまうような気がするからだ*1
しかし、この日のモンメロにはその魔物とやらがいたのだと言われても納得せざるを得ないだろう。しかも、それは何者かに目を射られた怪物だったのだから──。
視力を失ってもがきながらやみくもに暴れる怪物の巨大な尾が最初に弾き飛ばしたのは、スタートしたばかりのセテ・ジベルナウだった。地元のレーストラックでほとんどいい目を見ないこのカタルーニャ人ライダーは200Km/h近いスピードで頭から路面に叩きつけられ、かつて経験したことのないレベルのインパクト・データをアライの本社スタッフに渡すことになる。
苦しむ怪物が振り回した長い尾は、ひき続いてロリス・カピロッシマルコ・メランドリダニ・ペドロサ、ジョン・ホプキンス、ランディ・ド・ピュニエをまとめてなぎ払い、ランキング1、3、4位のライダーをことごとくトラックの外へ押しやった。
なんてこった、ワールドカップなんかくそくらえだ──。僕はあわてて振られる赤旗によってもたらされたリスタートのせいで、10時のクロアチア戦のキックオフは目撃できないな、と一瞬考える(9時から公式サイトのライブビデオで観戦していたのだ)。しかし、誰もがそうだったように、頭の中はグラベルに伏して動かないメランドリのことで一杯だ。2003年フィリップアイランドでのトロイ・ベイリスが思い浮かぶ一方で、もちろんあの忌まわしき同年の鈴鹿が頭を去来する。
落ち着かない気分の中、30分遅れて始まった2度目のスタートは再び不吉な力によって中断された。クリス・ザ・Vが青いマシンをグリッド脇に停め、冷めかける料理にあわてて蓋をするように、各チームのピットクルーがスターターを引っ張ってマシンに駆け寄っていく。そして切られた3度目のスタート後、色とりどりのGPマシンが1コーナーを無事に駆け抜けたとき、レース序盤に似付かわしくない大きなため息をついたのは僕だけではないだろう。


ケーシー・ストーナーはある意味、かつての2スト時代を懐かしむ観客のヒーローだ。先住民アボリジニの言葉で「一番」を表す名前の町からやってきたこのオーストラリア人ライダーは、並み居るベテランを従えて複雑なカタルーニャのレーストラックを疾走する。今シーズンじわじわ株を上げたホッパー(およびGSV-R)と、じわじわと人々を失望させつつあるニッキー・ヘイデンがそれを追う。
しかし魔物は仕事を忘れていない。中野真矢を黒旗によってトラックから追い出し*2、ド・ピュニエもグラベルへ向かわせることによってライムグリーンのチームから全てのチャンスを奪った。まだレースは7週目。コース上にはもう14台のマシンしかいない──つまり、ついにホセ・ルイス・カルドソツキが廻ってきたのだ。
9週目の1コーナーでヴァレンティーノ・ロッシに抜かれた我らがKCは、期待にたがわずマシンをプッシュした揚句、ほどなく第4区間の入口でポテリと倒れ、レースから去る。勝つか、転倒か(勝ってないけど)──彼はまさに、失われた時代のヒーローなのだ。
10週目、傷ついた怪物の尾はまだコース上を薙ぐ。トニ・エリアスが退場し、続く11週目にダニ・ペドロサがフロントを失って火山岩の混じったグラベルに這いつくばる。オープニング1コーナーの惨劇の時と同様、それでもあくまでマシンを起こしコースへ復帰しようとする若きライダーの懸命な姿は、抑えきれない闘志の現れなのか、それともすでに計画されたチャンピオンへの“ロードマップ”が崩れるのを避けようとする秀才の足掻きなのか。
すでにコースを駆け抜けるマシンは11台──ホセ・ルイス・カルドソはついにやったのだ。

ヒーローは遅れてやってくる。暴れる魔物にとどめを刺そうと現れたドラゴン・スレイヤーは、やはりヴァレンティーノ・ロッシだった。9週目にストーナーをかわして以降、2位のヘイデンを0.3〜0.5秒離してトップに立ち続けるロッシは、そのままレースが終るまで魔物をぴたりとおとなしくさせてしまった。
煮え切らないヘイデンに愛想を尽かしたカメラは、ダルマ落としのように表彰台のチャンスに近づいたケニー・ロバーツJr.とホッパーの3位争いを映し続ける。05年のドニントンを見た者なら、こうした互角の戦いになったときにロバーツは冷静に勝ちにかかるライダーであることを思いだすだろう。
はたして、19ラップ目にホッパーに抜かされた(抜かさせた?)ロバーツは、大きく後ろを振り返ると作戦を変更する。21週目のストレートエンドで、セカンドマシンという不利を抱えた若いアメリカン・ライダーをかわすと、あとはスロットルを大きく捻るだけで(ホンダパワー!)ロバーツは父親のチームにMotoGPクラス初の表彰台をもたらした。
──終ってみれば、冒頭の大クラッシュとその後のサバイバルレースが、ポール・トゥ・ウィンの歓びを爆発させるロッシからレースの焦点を奪う。次々続報が入り、スタートできなかったライダーたちはみな最悪の事態は免れているとわかってはいるものの、どこか落ち着かない気分だ。それになにより、リザルトの3番目にある「KR211V」の文字に、まるでテレビゲームで自分が命名した架空のマシンであるかのような非現実感に襲われる。
やっぱり魔物はいるのかもしれないな──、と僕は表彰台で胸を張るロッシを見ながら思う。こんなアクシデントが3週間もレースが連続するこの時期に起き、ポイント・スタンディングの上位陣が軒並み巻き込まれ、そして一回でもヘイデンがリタイアするようなことがあれば、ロッシがチャンピオンを完全に射程内に収めるといった事実は、つくづくレースをめぐる運や不運について考えざるをえない。
もっとも、わずかな“アドバイス”で万年下位のマシンを表彰台に上らせるホンダのスタッフこそ、本当の魔物かもしれないのだが──。*3

*1:85年8耐の平/ロバーツ組を除く…

*2:僕は、この「ピットサイン見落とし」がどうのといいうペナルティには多少うんざりしている。レーシングマシンのスピードは年々上がり続けているが、ピットボードは大昔から大して変わらない。どだい、300Km/hで走る乗り物に伏せながら、視界の済にある数十センチの数字や文字を読み取れというのはスポーツのレギュレーションとしておかしいのではないだろうか。そろそろ、黒旗や黄旗といったサインに関してはピットとの通信を許可してもいい時代なのではないかと思う。

*3:僕は、中国GPの後でチーム・ロバーツがもらった「アドバイス」とはパーツ、おそらく電子系のパーツのことなのではないかと勝手に勘ぐっている──だって、信じらんない!

 脱ラブ・タンデム



タンデムですか、よろしおますなぁ──。
テレビをつければ、そんな格好でどこまで行くつもりだというような軽装で、おまえらホントに好き合ってんのかみたいなカップルが防風性能どこ吹く風のローシェイプな青いビッグスクーターに乗り、高規格道路をすっとばしている。
チャンネルを変えれば、すっかり自己陶酔した国内最強メーカーが、自社のスポーツバイクがサーキットを走る様をだらだらと撮ってコマーシャルと称して垂れ流している。
違う。違う違う。
バイクのターゲットユーザー層が上がってきた?リターンライダー需要?高速二人乗り解禁?家族を説得する理由が必要?──勘弁してくれ。モーターサイクリストのメンタリティってのは、そんな甘いもん(だけ)じゃないと、まさにミドルエイジ・ライダーの仲間入りをしつつある僕は思う。
例えば僕が見たいのは、こんなコマーシャルなのだ。(尺は一分くらい要るけど)


#1 会議室
数十人のスーツマンが集まった薄暗い会議室で、男がプロジェクターで映し出されたパワーポイントを前にプレゼンをしている。
男「端的に申しあげましょう。このプロジェクトが御社に約束するのは──」
聞き入っているスーツ姿の男達。最前列には取締役らしい身なりのいい層が座り、真剣な顔で聞き入っている。何かひそひそと話し合っている人もいる。
プレゼンが終ったらしく、感銘を受けた顔で拍手をするスーツマン達。おじきをしている男。
しかし拍手をする人々の中、最前列でただ一人、腕組みをしたまま前方を睨みつけている男がいる。白くなりかけた髭をたくわえ、仕立てのいいスーツをまとっている。彼は、何かが気に入らないのだ。
一瞬、プレゼンをしていた男と目が合う。
男「──?」
プレゼンをした男は、そこから何かを感じ取ったようだ。


#2 男の会社
広いフロア。プレゼンしていた男がラップトップに向かい、書類を見ながら仕事をこなしている。若い男のスタッフが近づいてくる。
若い男「主任、大成功でしたね、今日のプレゼン!」
男「──ありがとう、君たちのおかげだよ」
(フラッシュバック。プレゼンで拍手していなかった男性がよぎる)
(フラッシュバック。エギゾーストノート。勢いよく流れていく緑の木立)
書類に目を戻した男に、今度は若いOLが声をかける。
若いOL「主任ー!一緒に行かないんですか、打ち上げ?」
男「ああ──先に行っててくれないか?まだ片づけることがあってね」
残念そうなOL。どうやら、彼に少し好意があるようだ。
若いスタッフ達「お先に失礼しまーす!」
どやどやとまとまってフロアを出て行く若手社員たち。先ほどのOLが最後にドアを出て、名残惜しそうに振り返る。


#3 時計
壁に掛かった愛想のない時計。針は10時前を指している。


#4 男の会社
集中して書類に取り組んでいる男。フロアにはもう誰もいない。
(フラッシュバック。エギゾーストノート。スピードメーターの針)
男、少し疲れたというように目頭を揉む。


#5 居酒屋
談笑しているスタッフ達。
笑いの輪の中、ひっそりと時計を見る若いOL。


#6 男の会社
フロアの電気は男がいる部分を除いて消されている。PCの電源を落とす男。
帰り支度をしながら、ちゃりん、と音がして家の鍵が机の上に出される。その脇に、形の違う鍵がある。
男、その鍵を取り上げる。男の顔を背景にして鍵のクローズアップ。キーヘッドにあるウィングマークが目立つ。
(フラッシュバック。駆け抜けるスポーツバイクがはっきり見える)


#7 駅の近くの路上
男が携帯で話している。
男「悪いね、今日は行けそうにないんだ。みんなで楽しんでくれよ」


#8 居酒屋
一人レジの脇まで来て、携帯で話している若いOL。
若いOL「そうですか…。わかりました、お疲れさまです」
携帯のフリップを閉じ、ため息をついて宙を見つめるOL。


#9 通勤電車
ドアの前に立ち、明るい車内から暗い外を見つめている男。ドアの窓に反射する街の明かり。
(フラッシュバック。エギゾーストノート。回転し、路面をとらえている前輪)
(フラッシュバック。美しいフォームでリーンし、ワインディングのコーナーに吸い込まれていくライダーの後ろ姿)
窓の外を見たまま、静かに微笑む男。


#10 男の自宅・ベッドルーム
翌朝。夜が明けるか明けないかの早朝。澄んだ空気。わずかに鳥の声が聞こえる。
男、静かに目を覚ます。隣で寝息を立てている妻の髪を軽く撫でる。寝返りを打ち、無意識に微笑む妻。
男、そっとベッドを出る。


#11 男の自宅・子供部屋
寝息を立てている5歳くらいの子供。
部屋のドアがそっと開き、男の顔がのぞく。
暖かく微笑み、そっとドアを閉める男。


#12 男の自宅・ガレージ
鍵のクローズアップ。それを軽く手に下げたまま、停めてあるスポーツバイクに近づく男。
男は全身をセパレートタイプの革ツナギにつつんでいる。
バイクにまたがり、持っていた鍵をゆっくりとホールに差し、廻す。
跳ね上がるメーターの針。エンジンがかけられ、響く排気音。
男の乗ったバイクは、ゆっくりと夜明けの空気の中へ出て行く。
(音楽スタート)


#13 ワインディング・路上
(音楽とともにテンポよく流れるライディングシーンのカットバック)
スポーツバイクを駆り、ひらひらとコーナをクリアしていく男。
夜が明けたばかりで、わずかに朝もやが残っている。
響くエギゾースト。他には何の音もない。
コーナーの先を見つめる男の視線。
ふっ、ふっ、と男の呼吸が聞こえる。
誰もいないワインディングを駆け抜ける男とバイク──。


#14 ワインディング・駐車場
バイクを停め、自販機で買ったコーヒーを飲んでいる男。
遠くからエギゾーストノートが近づく。ゆっくり振り返る男。
男の背後を、ぴったりと車体に伏せたライダーを乗せて、赤いスポーツバイクが駆け抜けていく。
(バイクはDUCATI 900SSか)
ニヤリと微笑み、コーヒーの缶をゴミ箱に投げ、自分のバイクに近づく男。


#15 ワインディング・路上
駆ける900SS。その背後から、じりじりと近づく男のバイク。やがて2台は並ぶ。
ヘルメット越しに顔を見合わせ、二人とも同時にスロットルを捻る。
2台はまるで求愛している蝶のように、時に並び、時に前後しながら山道を駆けていく。
(キャッチコピーが重なる)
「自分の中心を見つけろ。」


#16 ワインディング・麓
ひとしきり汗をかいた2台が、駐車場に止まる。
ヘルメットを脱ぐ男。900SSのライダーを見る。
900SSのライダーがヘルメットを脱ぐ。
現れたのは、昨日のプレゼンで拍手していなかった取締役!
男、一瞬目を見開く。
取締役は動じたふうもなく、ゆっくりと男に向かって親指を立て、ニヤリとする──。
(スポンサーロゴ)



という妄想コマーシャル、いかがでしょうか。テンポよく編集すれば90秒で行けるかな?
キャッチコピーは僕が適当に考えたものですが、「Power of Dreams」でも「Touching Your Heart」でも「エブリデイ、ロープライス」でも、お好きなものを入れて下さい。劇中での主人公のバイクはホンダが想定されてますが、それは僕がホンダ乗りだからで(笑)。
とにかく、バイク乗りを駆り立てるには、ほんわか家族サービスではなく、やはりどこか熱さだと思うんですよね。試しにBMW MotorradのサイトでK1200SのCFを見てみて下さい。日本のコマーシャルでは絶対にやらないことをやってます(笑)。
──さて、久しくご無沙汰のABモータース、いつまでも忙しさに翻弄されているわけにはいきません。ようよう復活します。まだ忘れられていないのなら、駄文にお付き合いいただければ幸いです。

 無題


よく行く小さなレストランで
僕はそのニュースを聞いた
まるで世界で一番固い岩について語るように
その人ははっきりと僕に言った
彼をもう二度と、あの場所で見ることはないのだと


世界で最も尊敬されるエンジニアがつくった
負けず嫌いの小さな会社
彼らの作るマシンは、絹のようになめからだと伝えられた
いまなお同じ言葉でたたえられるモーターサイクルで
そのエースの番号を誇らしげに縫い付け
彼は、世界で最も速い男を決めるゲームで戦っていた
教科書のようにくせのないフォームと
体の下で駆るエンジンと同じようにスムーズな軌跡
競争相手たちが見せる
心臓を掴みあうような闘いをよそに
彼は、あまりにも美しく走っているように見えた
しかし
一枚の写真が、すべてを教えてくれた

深い穴のようにすべてを吸い込む
シールドの暗がりの奥に
彼の眼がのぞいていた
血と、肉と、すべてを踏みにじった勝利を求めて
わが躯も裂けよとばかりに叫ぶ巨大ないきものが、その中にいた
目の前を往くすべてを捕らえ、すべてを打ち倒し
あらゆる敗者を嗤い、世界を自分ひとりのものにしようと
それは彼の黒い瞳の中で身もだえしていた


運動家に終わりは来ると、人は言う
競争者の定めだと、誰かが言う
彼が何をもとめて、何を思い、何を描いているのか
僕たちが知る必要はないだろう
そのかわり僕は
さようならは言わない
ありがとうも言わない
お疲れさまも言わない
なぜなら
思い描けば
それがいまでもそこにあるからだ
ゼッケンナンバー11と
宇川徹
彼の名前が
そして
いまでもこちらを睨んでいる
あの瞳の中の怪物が──

 ラーメンモビスター・コニカミノルタ

Jet2006-01-20


普段民放などほとんど見ないのに、昨夜たまたまつけた番組がどっちの料理ショー。しかもラーメン対決と来たものだ。つばきを飲み込みながら見入るうち、勝利したのは新宿麺屋武蔵。対する神奈川の中村屋をひそかに応援していた僕としては複雑だが、すっかりラーメン気分が高まってしまったのは無理もない。僕はさっそくお昼休みを勝手に延長し、「麺屋武蔵」の青山店にやって来た。
件の『どっちの料理ショー』では、テレビで勝利したメニューと同じものが翌日(つまり今日)から店に並ぶというのが売りだったのだが、調べればそれは新宿にある本店だけの話。近いから駆けつけても構わないのだが、とりあえずは隣の駅だからとご祝儀に青山一丁目の支店へやってきたというわけだ。
さすがは一流店、午後一時半だというのに長蛇の列ができている。寒風に縮こまりながら順番を待ち、僕も味玉ラーメンを所望する。
僕の仕事場がある赤坂は、ラーメン通的には「ラーメン不毛地帯と言われているらしいのだが(笑)、どうしてなかなか自慢できる店も多い*1。そもそもかの名店「じゃんがらラーメン」や「赤坂ラーメン」があるのだから何をもって不毛地帯かと思うのだが、たまには世評高い店を求めて他所へ足を伸ばすのも悪くない。
店内は小さいが清潔感があり、食券をあらかじめ受け取り、待ちの人数にあわせて席を案内し、その“ロット”に合わせて作り始めるという混んだ名店にはよくある整然としたシステムに沿って、人々が従順に流れていく。
湯気を上げるラーメンを黙々とすする客の向こうで立ち回る店員達は、一見混乱しているようでいて、さながらヨットを動かすかのようにそれぞれの役割に沿ってかっちりと動いている。客の流れを見切り、麺をゆでるロットを判断するスキッパーがいる。そして他のクルー達は決して流れが滞らないようにテキパキと片づけや仕込みをしているかと思うと、麺がゆで上がるや否や中央にある調理台に群がり、いっせいに手分けしてラーメンを仕上げていく。さながら熟練した外科医のようだ。
初めて食べる「武蔵」のラーメンは、口にすると煮干しや昆布などをベースにしているという魚出汁風味のスープが濃厚に拡がるが、一瞬後からすーっと香りが溶けていき、「あれ?醤油ラーメンだっけ?」というようなアッサリ感に変わっていく。くどさは全く残らない。実は普段魚系のスープをあまり好まない僕も、喉ごしの良い縮れ麺と共に大満足で丼を空にした。


さて腹もくちくなったところで、青山一丁目まで来たとあってはホンダファンの総本山、ウェルカムプラザ青山を素通りするわけにはいかない。しかし陳列されたバイクを眺めながらコーヒーでも1杯と思っていた僕は、お茶気分などどこへやら、30分近く駄馬のようにフロアに立ち尽くすことになる。
というのも、先日発売されたCBR600RRの限定色、モビスター・ホンダカラーのモデルが並んでいたのだが、これがその場を離れられないほど奇麗だったのだ。
先日のエントリにも書いた通り、僕は'06モデルのパールファイアーオレンジにぞっこん惚れて乗り換えた(理由はもちろんそれだけではないが)。なぜか誰にこのデザインセンスの塊たる名配色の評価を話しても同意を得られないのだが(笑)、当然その時モビスターカラーの発売も知っていたわけで、もともとバイクにせよ車にせよ「青い乗り物」には魅かれない僕としては、それほどこのレプリカモデルには興味がなかったのが事実なのだ。
しかし、東京モーターショーのような遠い台上ではなく間近で目にすると、その下地となる青(キャンディタヒチアンブルー)が実に美しいのだ。CBR1000RRと同じ色のはずなのだが、ボディ全体が同色で覆われているせいか、ずっと生き生きとして見える。シートに腰を下ろすと、タンクから左右のラムエアダクトのシュラウドへ連なるボディが紺碧の海のように目を射て、僕は一瞬だけ自分の選択を後悔する(笑)。
スポンサーステッカー自体はモビスター・ホンダチームの面影を十分漂わせて心躍るものだが、一般の人が見たら耳なし芳一もいいところ(苦笑)。お世辞にもカッコいいとは言われないんだろうなあ、と思ってしまう。
予告されていたモデルではフロントアッパーカウルの脇にあったイタリアの鞄メーカーSEVENの赤いステッカーがなぜかスイングアーム左右に移されていて、ちょっと全体のバランスを崩すぐらい浮いている。さらに惜しむらくは、1000RRのレプソルカラーの時のようにタイトルスポンサーロゴくらいは塗装だと思っていたのに、movistarのロゴとマークも含めてすべてがステッカーだったところだ。洗車したらワックス残りが気になるんでは、などと要らぬ心配をしてしまう。
モビスターにくぎ付けの僕はコーヒーどころではなくなって、犬のようにモビスターモデルの周りを数十分ぐるぐる回ったあげく、ため息をついてウェルカムプラザを後にした。

今日のバイク気分はここでは終らない。仕事を早めに切り上げ、新宿までやってきた妻とマイサンと合流して、コニカミノルタプラザで開催中のコニカミノルタ ホンダ 玉田誠 激闘 MotoGP写真展」という説明的なタイトルのイベントにやってきた。
それほど熱狂的なコニミノファンというわけでもない僕としては、写真パネルなど見てどうするという気分も半分だったのだが、開催概要の部分にひっそり書かれた「レプリカマシン展示」という謎の一語に引かれたのが実情だ(笑)。
CBR1000RRのコニミノカラーでも展示するつもりか?と思って入ってみれば、どうしてちゃんとRC211Vが置いてあるではないか!排気系を見る限り'05シーズンのもののようだし、どこが“レプリカ”なのだろうか*2。このチームのマシンを間近で見るのは初めてだが、抜けるような白がカウルに映えて、かなりスタイリッシュなマシンだ。シングルスポンサーチームならではの美しさといったところだろう。
横には玉田仕様のツナギ装備一式を付けたマネキンがふんぞりかえっており、脇にP1 L8 +8と書かれたピットボードが置いてある。思わず「その通りになってくれよ〜」と願ってしまう。
写真展も、考えていたよりずっと興味深いものだ。オフショット満載というわけではないが、スタート前のグリッドの、直前の緊張でも待機時のちょっとだれた感じでもない独特の間がある瞬間や、負傷自慢をして包帯を見せ合っている玉田とホプキンス、また玉田誠自身が撮影したショットなど興味深い写真も数多い。
会場では「いつ作ったんだこんなの!」というようなコニカミノルタ・ホンダチームのスタイリッシュなプロモーション映像が流れていたりして、こじんまりした展示ながらそれなりに楽しめる。明日(21日)からの週末には会場で行われたトークショーの様子が上映されるというし、足を運ぶ価値は十分あるのではないだろうか。
──バイク、バイク、バイク(あ、ラーメンも)。M&Aの余波で、崩壊しつつあるライブドア帝国並に混乱している仕事場を離れて気分転換するには、やはりバイクに限る。あとは少しでも早く暖かくなればなあ…。

*1:僕のお勧めは「無双」だ。しょうゆ・塩・味噌と全種揃えている店は信用できないという僕の経験則をあっさり打ち破ってくれた。しかし返すも返すも悔やまれるのは、そのすぐ近くにあった金沢の「風龍」がすぐ撤退してしまったことだ。この店はあまり評判を聞かないのだが、ここの「赤丸」という辛口ラーメンは僕の人生の中で一位、二位を競う名作だ。しかし多忙極めるビジネス街で注文から出てくるまでに15分かかり、しかも店員がすべて日本人でなく注文が通りにくいとなれば、生き残りは難しかったのだろう。

*2:ひょっとしたら実戦に使っていない展示用の古いシャシーをホンダから借りて外装だけ変えた、とかいうことなのだろうか。

 モータースノーツ

Jet2006-01-06


年末進行にかまけて放置した上に仕事始めよりも遅い更新開始というABモータース、大変失礼いたしました。どうしていたかって、いやなにちょっとしばらく日本を離れておりまして。どこへ行っていたかというと、ヴァナ・ディール(笑)。
というのは冗談ですが、まあ家族がいるおかげで廃人にならずに済んでおります。せっかく暴走中のフェンリルを見かけたのにイベントだと知らずにただ傍観していた髭のHG風ヒューム戦士は僕です。
さてバカな前置きはこれくらいに、冬期休暇中のトピックでも書き散らして今年の自分の尻を蹴り上げるとしましょう。


正月は群馬県草津温泉へ湯治。少し縁あってわが家は毎年夏と冬にここを訪れる。僕もその一員として幼少時から数十年通っているところなので慣れきってしまい、ともすればただ何もせずダラダラ過ごし(本格的にスキーをするほど長く逗留しない)、うっかりすると仕事まで違和感なく持ち込んでしまいそうなアットホーム具合。今回はそのゆるんだ感じを払拭すべく、まだ足を踏み入れていない「観光」スポットを探して突入することにした。
そこですぐ僕の目を引いたのが「草津モータースポーツサーキット」長野原町から北上する国道292号草津町の中心へ入る少し手前に、うち捨てられたように飾られた朽ちた四輪バギーとともに、ひっそりと「サーキット入口」の看板がある。
ここの存在は以前から知っていたが、その人を呼んでいるのか遠ざけているのかわからぬひかえめな佇まいに、入口の中へハンドルを切ることは一度もなかったのは確かなのだ(草津サーキットはその“入口”から急峻な坂をしばらく下った森の中にあり、国道沿いから様子を伺い知ることはできない)。
だが、その気になってWebサイトを調べてみると、夏は四輪バギーのダートコースとなっているこのトラック、冬はスノーモビルも楽しむ事ができるという。実は最近のスノーモビルがすごいことになっているのを04年オフシーズンのこの写真で見て以来、この雪上高速移動マシンにいたく興味をそそられているのだ。
僕はといえば、小学生時代くらいに一度どこかでお遊びで乗ってみたことがあるだけ。しかもコーナーを曲がりきれずそのまま植え込みに突っ込み行動不能になるというオチ付きなのだが、まあ立派な(?)バイク乗りに育った今となっては、それくらい乗りこなせなくて何とする、だ。
ホテル付近の雪原でマイサンをソリで遊ばせ、妻との死に物狂いの闘いを終らせた後(僕と妻は年に一回、雪深いチャンスに恵まれると必ず真剣に雪投げをする。そこではどんな欺瞞も裏切りも許される)、僕たちは車に乗ってそこへ向かった。*1

折しも数日の晴天が終わり、かき曇った空から後に豪雪となるはずの雪粒が落ち始めた午後。いざ森を抜けて草津サーキットへ乗り込んだ僕たちの目に映ったのは、どこがコースともしれぬただの雪原と、ぽつねんと立つ傾いたプレハブ、そしてそこでやる気なさそうに隣人と話し込む管理人のおじさんと、おびえた表情でこちらを見つめる尾のない犬、といった風景だった。
僕たち以外に客などいないというのに一向に相手をしてくれないおじさんをじりじり待ちながらフィールドを見ると、そこにはロッシのまたがっていた1000ccのモンスター、YAMAHA RX-1 ERなんぞはもちろんなく、どこのものともしれぬ古ぼけた小さなスノーモービルが二台雪に吹きさらされている。さらにその傍にはこれまた年季の入った、車格から言って80ccくらいと思われる四輪バギーが佇んでいる。
料金は10分1000円。とりあえずマイサンを一緒に乗せて喜ばせようと四輪バギーにトライする。おじさんはアクセルとブレーキの位置だけ無造作に教えると、路肩に入るとスタックするのでわだちに固められた中心部だけを走るように、とだけ言い残して傾いたプレハブ小屋へ帰っていった。
まずは一人で試乗するが、バイクのように突き出したバーハンドルのグリップにアクセルはない。手元に、ちょうどミック・ドゥーハンが足首負傷後に使っていたサムブレーキのように小さなレバーが飛び出し、それを親指で押してスロットルを開ける。左手側グリップに普通と同じようなブレーキレバーがあるが、それは使わずエンジンブレーキだけで十分走れる、とはおじさんの弁。
ただの雪原にしか見えないところを、おじさんに「そこ」と指さされたほうへバギーを駆る。よく見るとフィールドは複雑な段丘になっており、バギーやスノーモビルの轍がどうやらコースらしきものを形成している。実際はこの雪の下にコースがあるのだろう。
左、右、と下りながら切り返し、さらに急な登りコーナーを抜けた後ぐるりと回って“ホームストレート”と交差。このあたりで、ありがたいことにすでにマシンの全体像がつかめてくる。小排気量エンジンの扱いやすいパワーのせいだろう。
意外にも複雑な立体構成を持つコースを抜け、バックストレッチで全開加速!柔らかい雪の斜面に踏み入らないようコーナー手前で早めにハンドルを切り、わずかにパワーをかけてドリフト気味に曲げ、すぐさま姿勢を後輪寄りに変えて昇り勾配のコーナーを脱出にかかる。

初めの周回で一度スタックしてしまい新雪の恐ろしさを知った後は、もうかなり自由自在だ。上半身を完全にフリーにし、腰も数ミリ浮かせたまま親指で微妙にスロットルを調節してリズミカルに雪面のこぶを乗り越える。ただしあまり腰を浮かせるとリアにトラクションがかからず登りで苦労するので結構忙しい。
難物は昇りながらのコーナーで、お尻の位置とスロットル開度で後輪の滑りをコントロールする。パワーロスをすると、排気量が小さいせいか相当リズムが狂うのだ。
コーナーではスタックを避けるためにどうしても慎重になってしまうが、もっと素早くクリアできるはずだ。車体より内側にぐいぐい上半身を入れる形でコーナースピードを稼ぐが、これが四輪バギーの“正しい作法”なのかどうかはわからない。
──こいつは相当に面白い。途中からマイサンを自分の前に乗せ、慎重ながらも夢中で周回を繰り返す。気がつけば「あと一周」のボードサインが出ていて、わずか10分間の(実際には15分くらい走っていたが)雪上バギー体験は終了した。
年末までの疲れもあって実はかなりぐったりしていたのだが、この数周でなにもかも吹き飛び、体の中にエネルギーが沸いてきたのがわかる。やっぱり僕は“モーターもの”が好きなんだ。体の調子が悪かったのは忙しくて二週間以上CBRのエンジンをかけていないからかも、なんて思ってしまう。クローズドコースで、しかも手の中にあるパワーで思う存分遊んでいるというのも気持ち良さの一因なのだろう。
残念ながら、スノーモビルの方は雪が激しくなってきたのと、コース脇に立って待っている家族が樹氷のついたアオモリトドマツみたいになり始めたので断念し、次回のチャンスを待つことにした。しかし、僕の中にはそれ以来「冬用のモータースポーツとして、バギーかスノーモビルを一台持ち、あまつさえそれでマチュアレースなど…」という邪念が離れないのである(笑)。*2

*1:冒頭の写真はYAMAHAのサイトから借用した素材で、本文とは関係ありません。走りに夢中になって、写真を撮り忘れました…

*2:実際には四輪バギーはやはり夏のもので、雪上で走らせるのはかなり限られた条件下でのことらしい。むしろスノーモビルであれば全国に専用のフィールドがあり、また自然と探索するクロスカントリー的使い方もできるから冬にはもってこいかもしれない。

 Secret Union


♪と〜きょうか〜んだあ〜きはばら〜、おかーちまちう〜えのうぐいすーだーに〜、にっぽりにしにっぽりた〜ば〜た〜、こーまごめ……。
と、“夕方クインテット”の『鉄道唱歌*1でいえばここ、JR山手線の駒込駅。密集した駅前の商店街に下町の風情を残す、江戸時代には富士を望む景勝地だった場所である。
とはいえ、今時分この町を、しかも駒込社会教育会館」というおよそくすんだ名前の施設を目指して東京一円から人が集まってくることなど、あまり想像できはしない。
しかしこの日、81年に建てられたこの古びた施設の一室には、その外観に似付かわしくないエンスージアスティックな空気が立ちこめていた。ここで、WGPを扱うコミュニティサイト「ライディングヌポーツ」のライター有志が主催した「お茶会」が開かれていたのである。不肖このサイトのライターとして参加している身もあり、僕もその末席を汚すことにした。
「お茶会」とはちょっとした大人の事情からした偽りの名前*2。その実訪れてみれば、有志が持ち寄った過去のWGP貴重映像を納めたビデオがうずたかく積まれ、飲食禁止の(!)音楽室に配慮して密輸物資よろしく持ち込まれたお茶菓子を真ん中に、GP談義に花咲かせようという数奇者のイベントなのである。
フタを開けてみれば心配はどこへやら、会場には都内都下はては横須賀からも訪れてくれた総勢15名の人々が席を埋める。僕たちはさっそくビデオをデッキに放り込んでタイムスリップを開始した。


持ち込まれたビデオはすべて見れば一週間は消費するだろうという分量だが、まずはメジャーどころからと93年の日本GP・500ccクラス──伊藤真一の大健闘を含め、ウェイン・レイニーとケヴィン・シュワンツ、ダリル・ビーティが息をもつかせぬ大接戦を演じたレースを観賞し、かなりカロリーを消費する(笑)。
今のMotoGPクラスを見慣れた目には、2ストロークの接戦はレースの理想形でもある。甲高い排気音とともに、マシンと一体になって揃ってコーナーに突っ込むライダー達はまるでシンフォニーを奏でる弦楽奏者のように一糸乱れぬユニゾンとなり、僕たちの瞼に焼き付いていく。
ストレートを疾駆する姿にすらライダーの強い意志がにじみ出ているように感じるのは、“バリ伝”世代の思い入れか。このシーズン、レイニーが悲運のアクシデントを喫し、またドゥーハンの栄光の時代がすぐそこまで来ていることに思い至ると、感慨もひとしおのレースだ。
続いてある意味“マスターピース”、98年250cc最終戦、アルゼンチンGPがデッキにかけられる。いわゆる“カピロッシ・ミサイル”と揶揄される、原田とのチャンピオン争いの渦中に起きた激突事件をその端緒からじっくり見ることができるのはいい体験だ。
開幕直前のプレスカンファレンスで余裕とも取れる原田とのじゃれあいを見せたカピロッシが、最終周に3コーナーでミスをして原田の先行を許し、焦りのあまり最終コーナー手前での無謀な突っ込みを引き起こしていく一連の姿が、その後の時代──アプリリアカピロッシ放出、そして数年後の原田の引退──を知るものにも、より切なげに映る。あっさり勝利をさらったヴァレンティーノ・ロッシが一人無垢を気取ってマックスターンを披露する姿が、コンチネンタル・サーカスの奇矯さを際立たせる。
続き、賛否両論ある中で(笑)、#56をまとった阿部典史94年鈴鹿でのスポット参戦が披露される。当時の希望を思い出す人、吐き捨てるように失望の言葉を残す人、それぞれの“ノリック”が室内に漂うのをよそに、古いブラウン管の中の阿部はまるで未来をあざ笑うかのように終盤の第一コーナーで宙に舞う。
最後はやはりというべきか、2001年のオーストラリアGP。変わらず美しいサーキットを背景に、映画『FASTER』のトピックともなったロッシVSビアッジのポイント争いが映し出される。芳賀紀之の“ケンカ走り”に目を奪われた後、その限界域で力を出し尽くした敗者ビアッジと、その黄金時代の幕開けを告げるロッシのチャンピオン獲得でこの集会が幕を閉じたことは、どこか皮肉であり、また必然のようでもある。

集まった人たちは男女合わせ、年齢も背景もそれほどまとまってはいないように見える。しかし、その後の二次会も合わせ、いつまでも、どこまでもWGP談義をしていけるという環境は、まるで「僕は此処に居てもいいんだ!」(笑)というような安心感に満ちたものだ。
観戦歴の浅い人の新鮮な興味、またベテランの巧妙な見方、カメラでライダーを追う人の視点、はては関係者とともにGPを転戦している人のパドック内輪話など──集まった人たちのそれぞれの感じ方は、どこまで聞いても尽きない面白さがある。
とはいえそれなりの年齢層のせいか、バイク業界の将来、また日本の二輪レースを担う人材についてなど、濃い議論も飛び出す。もちろんそれぞれのやんちゃな(!)バイクライフの話も刺し身のツマに挟まれ、濃厚な時間はあっという間に過ぎていく。
楽しみながらも、僕は「これほど二輪やモータースポーツはマイナーなのかなあ」とふと思う。本来であれば、こんな体験はそこらのスポーツバーやコミュニティで普段から提供されていていいもののようにも感じるのだ。
しかし、それはしてもせんない話だ。今はカタコンベに集まる密徒かもしれないが、こうした催しはいつかきっと日の目を見る日が来る。
──いや待てよ。ひょっとしたらコソコソやるから愉しいマゾヒスティックな部分もあるんじゃないか?きっと濃い趣味というのはそんなものなのかもしれない。そんなどっちつかずのことを考えながら、僕はまたの開催を約束して小雪の舞う駒込駅のホームを後にしたのである。
皆さま、お疲れさまでした!

*1:あー大変マイナーネタですみません。「汽笛一声新橋を…」の鉄道唱歌の節で歌って下さい。

*2:そこはそれ、要するに著作権の問題である。