脱ラブ・タンデム



タンデムですか、よろしおますなぁ──。
テレビをつければ、そんな格好でどこまで行くつもりだというような軽装で、おまえらホントに好き合ってんのかみたいなカップルが防風性能どこ吹く風のローシェイプな青いビッグスクーターに乗り、高規格道路をすっとばしている。
チャンネルを変えれば、すっかり自己陶酔した国内最強メーカーが、自社のスポーツバイクがサーキットを走る様をだらだらと撮ってコマーシャルと称して垂れ流している。
違う。違う違う。
バイクのターゲットユーザー層が上がってきた?リターンライダー需要?高速二人乗り解禁?家族を説得する理由が必要?──勘弁してくれ。モーターサイクリストのメンタリティってのは、そんな甘いもん(だけ)じゃないと、まさにミドルエイジ・ライダーの仲間入りをしつつある僕は思う。
例えば僕が見たいのは、こんなコマーシャルなのだ。(尺は一分くらい要るけど)


#1 会議室
数十人のスーツマンが集まった薄暗い会議室で、男がプロジェクターで映し出されたパワーポイントを前にプレゼンをしている。
男「端的に申しあげましょう。このプロジェクトが御社に約束するのは──」
聞き入っているスーツ姿の男達。最前列には取締役らしい身なりのいい層が座り、真剣な顔で聞き入っている。何かひそひそと話し合っている人もいる。
プレゼンが終ったらしく、感銘を受けた顔で拍手をするスーツマン達。おじきをしている男。
しかし拍手をする人々の中、最前列でただ一人、腕組みをしたまま前方を睨みつけている男がいる。白くなりかけた髭をたくわえ、仕立てのいいスーツをまとっている。彼は、何かが気に入らないのだ。
一瞬、プレゼンをしていた男と目が合う。
男「──?」
プレゼンをした男は、そこから何かを感じ取ったようだ。


#2 男の会社
広いフロア。プレゼンしていた男がラップトップに向かい、書類を見ながら仕事をこなしている。若い男のスタッフが近づいてくる。
若い男「主任、大成功でしたね、今日のプレゼン!」
男「──ありがとう、君たちのおかげだよ」
(フラッシュバック。プレゼンで拍手していなかった男性がよぎる)
(フラッシュバック。エギゾーストノート。勢いよく流れていく緑の木立)
書類に目を戻した男に、今度は若いOLが声をかける。
若いOL「主任ー!一緒に行かないんですか、打ち上げ?」
男「ああ──先に行っててくれないか?まだ片づけることがあってね」
残念そうなOL。どうやら、彼に少し好意があるようだ。
若いスタッフ達「お先に失礼しまーす!」
どやどやとまとまってフロアを出て行く若手社員たち。先ほどのOLが最後にドアを出て、名残惜しそうに振り返る。


#3 時計
壁に掛かった愛想のない時計。針は10時前を指している。


#4 男の会社
集中して書類に取り組んでいる男。フロアにはもう誰もいない。
(フラッシュバック。エギゾーストノート。スピードメーターの針)
男、少し疲れたというように目頭を揉む。


#5 居酒屋
談笑しているスタッフ達。
笑いの輪の中、ひっそりと時計を見る若いOL。


#6 男の会社
フロアの電気は男がいる部分を除いて消されている。PCの電源を落とす男。
帰り支度をしながら、ちゃりん、と音がして家の鍵が机の上に出される。その脇に、形の違う鍵がある。
男、その鍵を取り上げる。男の顔を背景にして鍵のクローズアップ。キーヘッドにあるウィングマークが目立つ。
(フラッシュバック。駆け抜けるスポーツバイクがはっきり見える)


#7 駅の近くの路上
男が携帯で話している。
男「悪いね、今日は行けそうにないんだ。みんなで楽しんでくれよ」


#8 居酒屋
一人レジの脇まで来て、携帯で話している若いOL。
若いOL「そうですか…。わかりました、お疲れさまです」
携帯のフリップを閉じ、ため息をついて宙を見つめるOL。


#9 通勤電車
ドアの前に立ち、明るい車内から暗い外を見つめている男。ドアの窓に反射する街の明かり。
(フラッシュバック。エギゾーストノート。回転し、路面をとらえている前輪)
(フラッシュバック。美しいフォームでリーンし、ワインディングのコーナーに吸い込まれていくライダーの後ろ姿)
窓の外を見たまま、静かに微笑む男。


#10 男の自宅・ベッドルーム
翌朝。夜が明けるか明けないかの早朝。澄んだ空気。わずかに鳥の声が聞こえる。
男、静かに目を覚ます。隣で寝息を立てている妻の髪を軽く撫でる。寝返りを打ち、無意識に微笑む妻。
男、そっとベッドを出る。


#11 男の自宅・子供部屋
寝息を立てている5歳くらいの子供。
部屋のドアがそっと開き、男の顔がのぞく。
暖かく微笑み、そっとドアを閉める男。


#12 男の自宅・ガレージ
鍵のクローズアップ。それを軽く手に下げたまま、停めてあるスポーツバイクに近づく男。
男は全身をセパレートタイプの革ツナギにつつんでいる。
バイクにまたがり、持っていた鍵をゆっくりとホールに差し、廻す。
跳ね上がるメーターの針。エンジンがかけられ、響く排気音。
男の乗ったバイクは、ゆっくりと夜明けの空気の中へ出て行く。
(音楽スタート)


#13 ワインディング・路上
(音楽とともにテンポよく流れるライディングシーンのカットバック)
スポーツバイクを駆り、ひらひらとコーナをクリアしていく男。
夜が明けたばかりで、わずかに朝もやが残っている。
響くエギゾースト。他には何の音もない。
コーナーの先を見つめる男の視線。
ふっ、ふっ、と男の呼吸が聞こえる。
誰もいないワインディングを駆け抜ける男とバイク──。


#14 ワインディング・駐車場
バイクを停め、自販機で買ったコーヒーを飲んでいる男。
遠くからエギゾーストノートが近づく。ゆっくり振り返る男。
男の背後を、ぴったりと車体に伏せたライダーを乗せて、赤いスポーツバイクが駆け抜けていく。
(バイクはDUCATI 900SSか)
ニヤリと微笑み、コーヒーの缶をゴミ箱に投げ、自分のバイクに近づく男。


#15 ワインディング・路上
駆ける900SS。その背後から、じりじりと近づく男のバイク。やがて2台は並ぶ。
ヘルメット越しに顔を見合わせ、二人とも同時にスロットルを捻る。
2台はまるで求愛している蝶のように、時に並び、時に前後しながら山道を駆けていく。
(キャッチコピーが重なる)
「自分の中心を見つけろ。」


#16 ワインディング・麓
ひとしきり汗をかいた2台が、駐車場に止まる。
ヘルメットを脱ぐ男。900SSのライダーを見る。
900SSのライダーがヘルメットを脱ぐ。
現れたのは、昨日のプレゼンで拍手していなかった取締役!
男、一瞬目を見開く。
取締役は動じたふうもなく、ゆっくりと男に向かって親指を立て、ニヤリとする──。
(スポンサーロゴ)



という妄想コマーシャル、いかがでしょうか。テンポよく編集すれば90秒で行けるかな?
キャッチコピーは僕が適当に考えたものですが、「Power of Dreams」でも「Touching Your Heart」でも「エブリデイ、ロープライス」でも、お好きなものを入れて下さい。劇中での主人公のバイクはホンダが想定されてますが、それは僕がホンダ乗りだからで(笑)。
とにかく、バイク乗りを駆り立てるには、ほんわか家族サービスではなく、やはりどこか熱さだと思うんですよね。試しにBMW MotorradのサイトでK1200SのCFを見てみて下さい。日本のコマーシャルでは絶対にやらないことをやってます(笑)。
──さて、久しくご無沙汰のABモータース、いつまでも忙しさに翻弄されているわけにはいきません。ようよう復活します。まだ忘れられていないのなら、駄文にお付き合いいただければ幸いです。