続・渡されたバトン

もうずいぶん経ってしまったのだが、id:suikanさんより今度はBook Batonなるものが回ってきた(ところによっては“Reading Baton”と称しているところもあり、また質問項目も複数パターンあるらしい)。先日の「Musical Baton」の読書版なのだが、こと本に至っては単純に趣味で済ませられないほどの思い入れも多く、さすがに選ぶのに大変な苦労が……。とはいえ頂いたバトン、遅ればせながら回答させていただきます。

  • 持っている本の冊数

    面倒なので途中から適当に数えたが、約2500冊ほどでした。(漫画・雑誌は除く)


  • 今読みかけの本

    『海軍』獅子文六 中央公論新社
    真珠湾攻撃において特殊潜航艇で湾内に潜入、戦死した9人の“軍神”のうちの一人、横山正治をモデルとした実録青春小説。物語は、主人公が生まれてから海軍兵学校に入学して候補生となるまでの前半部と、途中、主人公と同じく海軍入りを熱望するも身体の不利で適わず、絶望した親友隆夫が故郷鹿児島を出奔し、流浪の末東京で一流の海軍画家となって成功していく“隆夫編”とでも言うべき後半部に大別できる。
    昭和17年に連載されたという物語そのものが、緒戦にして英霊となった九勇士とその海軍精神への驚嘆と賛美によって動機づけられているせいか、主人公谷真人は「温和しくにこやかな外面の下にも強い意志を秘めた」イヤみのない人物として描かれ、護国のためにと志した道をひた走る。それに対し、真人が軍務についてから戦死の報が入るまで、“資料の少ない”後年の仕手を引き受ける挫折者・隆夫のストーリーは、等身大の苦悩と彷徨に彩られ、物語ががぜん色彩を帯びてくるのが面白い。
    太平洋戦争の功罪はともかく、当時の青少年層を支配する「空気感」をしみじみと追体験することのできる作品である。


  • 最後に買った本

    衝動買いしないためにもう最近ほとんど本屋に行かないので(笑)、直近に決済されたAmazonのショッピングカートをのぞいてみる。

    硫黄島星条旗ジェイムズ・ブラッドリー 文芸春秋
    『死のクレバス〜アンデス氷壁の遭難』J・シンプソン 岩波書店
    『歌舞伎町案内人』李小牧 角川書店
    『サブリミナル・マインド〜潜在的人間観のゆくえ』下条信輔 中央公論社
    ダブルプレーロバート・B・パーカー/菊池光訳 早川書房
    『人間臨終図巻1』山田風太郎 徳間書店
    『捏造と盗作〜米ジャーナリズムに何を学ぶか』高浜賛 潮出版社
    『天使と悪魔 上/下』ダン・ブラウン 角川書店


  • 特別な思い入れのある本、心に残っている本5冊

    『レイチェル・ウォレスを探せ』ロバート・B・パーカー/菊池光訳 早川書房
    一時期、頭痛薬の半分が優しさでできているが如く、僕の半分はパーカーのスペンサー・シリーズで構成されていた。部屋にボストン市街区の地図を貼り、「ロリング・ロック・エクストラ・ペイル」を輸入酒屋で探し回り、電子レンジを買わず台所にオーヴンを据え付け、毎朝公園を10Kmもジョギングした。ついには「俺スーザン」を探し求めていくつか痛い目を見た揚句、落ち着いて今に至る。
    スペンサーといえば『初秋』の人気が高いが、結局性別がどうあれ行動でしか解決できない問題は行動だけが解決するのだ、という容赦ない結論を女権論者に叩きつけるこの作品が僕はもっとも好きである。

    『スフィア〜球体〜』マイクル・クライトン 早川書房
    クライトンのスリラーの真骨頂は、文中に挿入される「図表」にある。ただしそれは、推理小説における犯行現場の間取り図のような「視覚的手助け」ではない。「ビジュアル」という小説の節度を超えた情報を与えながら、読者がそこから何も掴み取れないことを意地悪く嗤う作者の身勝手ないたずらだ*1。また、それに騙され酔うのがクライトンを愉しむ作法でもある。
    本作では海底から発見された「謎の物体」がモニターに写し出す意味不明な文字列が読者に突きつけられ、主人公の心理学者がそれを読み解いていく。後年の『ジュラシック・パーク』の生息分布図や『エアフレーム』における乗客名簿なんかより、「図表」の解釈ミスが暴力に直結するこの作品が最もスリルがあると僕は考えている。

    『熊を放つ』ジョン・アーヴィング村上春樹訳 中央公論社
    アーヴィングの最高作は何かという話となれば、僕は間違いなく『ガープの世界』を挙げるが(妻は『ホテル・ニューハンプシャー』だと主張する)、このまとまりに欠けるが詩情にあふれる処女長編は忘れ難い。主人公ジギーが駆る700ccのロイヤル・エンフィールドに憧れ、バイク雑誌でまだそれが市販している(350ccの“ブリット”だが)と知った時に感じた目まいは、今でもはっきりと覚えている。もちろん僕は翌日そのディーラーへすっ飛んでいき、自分のGSX400Sを売り払ってエンフィールドを手に入れた。大型免許への移行と共に手放してしまったが、今でも買い直したいバイクがあるとすれば、あれだけである。

    『パール街の少年たち』フレンツ・モルナール/宇野利泰訳 偕成社
    文学全集やいわゆる名作を買ってくれたのは父親だったが、母が僕に与えてくれたのはこのモルナールや、ケストナーの『エーミールと少年たち』、サトウハチローの「ジロリンタン」シリーズなど、一風変わった少年成長譚が多かった。僕はいわゆる「プレップ・スクール物」というジャンルにめっぽう弱くすぐ涙腺が緩むのだが、その根源はこうした作品が下地にあるような気がする。このブダペストの下町を舞台とした少年たちの群像劇には、人生のビターな側面がすべて詰まっている。この中の逸話に触発されて、僕はある時期一念発起して苦手な算数を徹底して勉強し、成績を上げた記憶がある。

    『闇の中のオレンジ』天沢退二郎 ブッキング(最近復刊したらしい)
    ふとこの本から顔を上げた時、僕の周りのすべてが崩壊していた。世界と自分を結びつけるものが何一つなかく、僕はゆがんだトンネルの中にいて、上下も左右もわからなかった。気づくと本を持っている手もなく、見下ろしても足がなかった。木が何本も僕の周りに生え、やがて森になった。ただすべてが流れ往き、意識と呼べるものだけがかろうじて僕の原型を維持していた。母親が僕を呼ぶのが聞こえ、僕は必死でその声にすがりつき、瓶の口に入り込んでしまった頭を引き抜くように、どうにかこうにか本を閉じた。世界が戻り、二階の窓から差し込む夕日が部屋中をまっ赤に染めていた。
    ──それは小学生の僕が初めて体験した、恐ろしいほどの「存在の喪失」だった*2。以来恐ろしくて僕は二度とこの本を開いていない。そして今でも、実家の僕の部屋の本棚の一番下で、この本はじっと眠っている。


  • バトンを渡す5人

    さてと見回すと目ぼしい方にはすでにBook Batonが渡っていたり。だいたい二度目ともなれば投げるパターンも決まってきてしまうでしょう。一番内容を聞いてみたかったid:kanabowさんもすでに回答済み、となれば、Musical Batonがすごい勢いで回っていたこともあり、バトン・トラフィック(?)を抑えるためにも、僕も「Batonを落とす」ことにします。さてさて、またこの亜種ができるのかな……?

*1:このセンスは、クライトンの85年の監督作品『未来警察』(Runaway)の冒頭、ロボットカメラが送ってくる断片的な映像がもたらすスリルによって見事に映像として昇華している。作品そのものはとんでもないB級だが…。

*2:僕は後年になって、あの時自分は「本と世界の中間」に挟まれてしまったのだろうと考えた。