異端の魅惑

均質化するGPマシン
モーターサイクルのメカニズムそのものに魅惑される類の人にとって、「コンベンショナルでない新しい構造」というのは常に興奮を誘う要素だ。それがかつて例のない手法であったり、また一見リーズナブルとは言えない手段であればあるほど、そのメカニズムへの期待は(とりあえずそれが実動していようがいまいが)高いものになっていく。
しかもそれが単なる技術的存在ではなく、GPという過酷な環境でその性能がプルーフされるということになればなおさらだ。どのような結果を生むにせよ、そのマシンが実際に結果を求めて走るという事実自体に強い魅力が発生するのである。
有名なホンダの楕円ピストンNR500や、タンクとエンジン位置を逆転した'84年型NSR500(NV0A)、またロン・ハスラムが駆ったセンターハブステアをもつモト・エルフなど、その技術的挑戦そのものが歴史に残ったマシンは多い*1
もちろん、こうした新しい設計や構造は、それが「勝てるマシン」を作る上での既知の問題に対するベストのソリューションであるという理論的確信と、技術者のあくなき挑戦欲の産物だ。さらに自分のチームのマシンを特徴づけ、耳目を集めたいという広報的な意志が絡み合った結果でもあるだろう。
しかし、現状のMotoGPクラスでは、どちらかといえば各社のマシンは横並びに収斂していく傾向にある。'02〜'03のフライ・バイ・ワイアや電磁スリッパークラッチの流行しかり、今期開幕戦のロッシの勝利以来取りざたされるようになった点火時期変更のブームしかり*2、ラムエアダクトの位置もカウリングの形状も、MotoGPクラス開始時から比べれば似通ってきているといえる。
コンマ1秒の差でグリッドが2列も3列も変わってしまう可能性を秘めた現在のGPシーンでは、まずは“常に上位にいられる”マシンを仕立てることが重要だ。そんな中でエンジニアが実験的な発想を試したいと思いついたとしても、RC211Vやそれに並びつつあるYZR-M1の完成度にそれを近づけるためには、並々ならぬ労力と時間、そして資金が必要だ。いきおい各社のマシンは成功例を模倣し均質化していく──そんな時期なのかもしれない。


異端のマシン・RS3
しかしそんな中、世間の注目から外れたところでひっそりと、ひどく実験的な車体を抱え込んでいるところがある。アプリリアだ。
参戦以来ほとんど目立った成績を残していないこともあって、このワークスマシンRS3(Cube)は雑誌でもWebでもほとんど特集されることがない。コスワース製エンジンを積み、最低重量規定の低さを理由に直列3気筒を選んでいること、その割には規定よりも15Kgも重くできていて、全くレギュレーション上の有利さを生かし切れていないことが繰り返し伝えられるだけだ。
そのRS3をやっと詳細に知る機会ができた。昨年に引き続き、大日本絵画からGPマシンの詳細なストリップを集めた良書MotoGP Racer's Archive 2003』ISBN:4499228425、遅ればせながらそれを手にすることができたのだ。さっそくとRS3のページを開くと──やはりこのマシン、ただものではない。
3気筒のくせに全くスリムになっていない車体のストリップは、まず外見からして他のマシンとかなり違う。さっと目を引くのは、溶接跡も生々しい“カクカク”の巨大なオイルタンクがエンジン右側を覆っていることだ。デスモセディチもKR MX1もドライサンプ方式だが、いずれもクランクケース下部にこじんまりとオイルタンクを配置している。なぜこんなに巨大なタンクを飛び出させているのか?その理由はすぐに明らかになる。
信じられないことにギアボックスが別体式で、エンジン後端にバランサーシャフトを介して武骨に飛び出しているのだ。しかもエンジンは本体左側に大きなプレートがあり、それがトランスミッション以外のすべてのシャフト類の軸となっている謎の構造だ。コンパクトさとは無縁、ひたすら整備性とパーツリプレイスの効率を追求したようなエンジンである。さらにバルブはF1と同じようにスプリングでなく圧搾空気を使うニューマチックを使用しているため、同書には始動前に高圧空気を充填するシーンなどが載っていて面白い。
バターナイフであちこちを削り取ったようなエッジの立ったスイングアームに溶接跡がどこにもないのも特徴的だが、さらに驚いたのは、燃料タンクがシートと一体化されていることだ(カバーではない。シート自体がタンクの一部なのだ!)。全体として、今のGPマシンの定石となっている「マスの集中化」の匂いはあまり見当たらず、他社のいずれのマシンとも印象を異にしている。いくらコスワースのF1思想が投影されているとはいえ、はっきり言って2輪とは思いがたいマシンである。
さらにはこのRS3、前戦カタルーニャGPからカウルに昔懐かしいウィングが取り付けられたというから、さらに変態度アップだ。ノリックが'99年にアンテナ3ヤマハで駆っていたYZR500にもウィングが取り付けられていたが、その効果は未だに実証されていない。どうも4輪のデザイナーは「ダウンフォース」という呪縛からのがれられず、一度は2輪に試してみたくなるようだ*3

アプリリアの受難
「これなら勝てる!」という技術的確信がどのあたりにあるのか今一つ不明なアプリリアRS3だが、ひとつだけ理由を邪推するとすれば、エンジンの様々な要素をできる限り切り離すことで、一部に生じた設計変更が全体に影響を及ぼすことを極力避けるようになっているのかもしれない。そしてこのことは、アプリリアを巡る近年の苦境を否応なしに思い起こさせることになる。
コーリン・エドワーズが'03シーズン「開幕戦の後でオーダーしたパーツがやっと届いたのが最終戦だった」とこぼしていたのは有名な話だが、アプリリアは参戦間もない2002年中盤にイタリアで起きた50ccスクーター市場の崩壊により資金難に陥り、シーズン終盤までレースマシンの開発をほぼストップしていたという。続く'03シーズンでもアプリリアの総販売台数は'99年の1/3まで減少し、これがMotoGPチームの活動に影響を与えていなかったとは考え難い。
そして今年に入ると、アプリリアが5月5日に迫った2億2千万ユーロに及ぶ累積債務の金利支払いを切り抜けることができないらしいとの報道も流れてきた。幸い7つの銀行から短期融資を受けることで当面は存続できることになったらしいのだが、アプリリアの個人オーナー、イヴァノ・ベッジオは辞任し、銀行側は現在アプリリアの売却先を探しているような状態だという*4
買収元の最有力はカナダの航空機メーカー・ボンバルディア社と同じイタリアのスクーターメーカー・ピアジオだと言われている(そして、現在アプリリア傘下にあるモトグッツィの買い手に名乗りを上げているのはドゥカティだとか!)。いずれにしても懸念されているのは、ベッジオの個人的情熱によって積極的に進められてきたレース活動が、新しいオーナーによって切り捨てられる可能性だ。金食い虫の割に結果を伴わないMotoGPの活動は、まっさきにその対象となる可能性は高い。
そうなると、アプリリアが台頭する125/250ccのクラスについても、先行きは不透明だ。特にピアジオがアプリリアを買収した場合、ピアジオ傘下のジレラブランドとアプリリアの棲み分けはどうなるのか。デルビ=ジレラ=アプリリアがすべてブランド違いの同一マシンという状況では、125ccクラスのレースもあまり面白みが無くなってしまうだろう。そもそも、新生アプリリアがこれまでと同じように利益にならないレースベースのマシンを供給しつづけることが可能なのだろうか。

MotoGPのレース後方で、実はRS3のような“ヘンなマシン”が懸命に走っていることは、もう少しクローズアップされてもいい(少なくともWCMよりはMotoGPらしいマシンなのだから)。しかし、その異端なコンストラクター魂が報われるには、相当な機運の変化が必要になるだろう。
羽根のついた奇妙なマシンを見ながら、RS3が「かつてアプリリアが数年間だけMotoGPに参戦していた時のユニークなマシン」として伝説の仲間入りをしてしまわないように、経営の再生(とバイン&マックおじさんの奇跡的な表彰台)を祈るばかりである。

*1:GPではないが、最近では有名コンストラクターOVER RACINGがヤマハのクルーザー「ロードスター・ウォーリア」の空冷OHV1700ccVツインエンジンを使って制作した驚愕のマシン「OV-23XV」の行く末が注目されている。このマシンの存在感は、おそらく実際に目にしてみないとわからないだろう。鈴鹿8耐にも出てくるというから、ぜひ見てみたいものだ。でも、去年みたいなオイルぶちまけは勘弁ね>OVER。

*2:これについては『Cycle Sounds』誌8月号にマイケル・スコットが詳細な解説記事を載せている。理数的脳のない僕はこの点火順序ってやつにめっぽう弱いのだが、少しはわかった気がする。ってのも、エンジニアも実際の効果を理論化できないらしいからだ(笑)。

*3:実は個人的にはカッコいいと思う。自分のバイクに取り付けるキットがあったらやってるかもしれない(笑)。

*4:『Riders Club』誌7月号のアラン・カスカート「Hot News From Europe」より。