GはガッチリのG

Jet2005-05-08

先日の転倒で、使っていたSIDIのライディングブーツ「Vertebra2」のくるぶしのスライダー*1がベースごと吹っ飛んでしまった。SIDIのブーツはプロテクター類のほとんどがビス止めで交換できるようになっているのだが、プラスティックの下地部分に埋め込んであるねじ山の金属ごともぎとられてしまったのだ。単純なスリップダウンとはいえ、瞬間的な衝撃は相当なものがあるのだろうと思うとぞっとする。
ともかく、これでは交換用のパーツを買っても付けられない。ベース部分の修復を試みたが難しく、SIDIに問い合わせたところリペアは行っていないとのこと。もう4年使ってそれなりにくたびれているとはいえボディの合成皮革部分はまだまだ元気なので勿体ないが、プロテクターを失ったままというのも気分が良くない。僕はこれを機にブーツを新調しようと、某大型用品店にやってきた。
以前から目をつけていたのはXPDの「XP-3」だ。有機的なデザインが特徴のSPIDIの派生ブランドで、前モデルであるXP-1が出た時など「こんなすごいデザインのブーツ、よほど上手い人が履くのだろうなあ」とレーシング装備初心者の僕は思っていたほどだ(笑)。
ところが、試着してみるとこのXP-3、心もとないのだ。なんだかすごく不安というか、パンツを履かずにズボンを履いたような落ち着かなさがある。──理由はXPDではなく、僕自身にあるとすぐわかった。僕が“ガチガチ”のVertebra2に慣れすぎていて、動きのよすぎるソフトな履き心地のブーツに慣れていないのだ!
SIDIは、レーシングブーツの中でも強固なプロテクションをうたっているメーカーだ。脊椎の構造をモチーフにしたという「ベルテブラ・システム」によってふくらはぎ、アキレス腱、かかとのすべてをがっちりガードしながら、それぞれのプロテクターが分離して動くために自由度を妨げない。実際、Vertebra2と同じ実売2万円台のレーシングブーツでここまで広範囲に脚の後面をハードパーツでガードしているものはない。
──という売りではあるが、まあ実際はこのVertebra2、足首にギプスがはまっているようなものだ──ただし慣れるまではだけれど。僕も最初のうちはまともに歩けないわ、ステップの感触はつかめないわ、ギアはどこにあるかわからないわ(それは冗談だが)で、ブーツを履くのが憂鬱だった時期もある。
しかし、履き続けて革もこなれ操作にも慣れてしまえば、逆にこのカチッとした感触が安心感となる。ハードなブーツ越しの感触も、熱や突起物を気にせず「ゴッ」と足を車体に押し付けてホールドすることが可能なので思いきったアクションができるなど、メリットに変わっていった。
そんなSIDIに慣れた後で、くるぶしをハードプロテクターですっぽり覆っていない種類のブーツを履くと、なんとも落ち着かないのだ。そのプロテクションのせいで怪我一つなかったのかもしれないとなれば、なおさらである。


売り場を見るところ、現在のレーシングブーツのトレンドには二種類あるようだ。実売二万円台までのミドルクラスは、ツーリングブーツよりも一歩上のプロテクションをうたいながら、そのせいでスポイルされがちな「動きの自由度」を確保したものとなっている。Alpinestarsの「S-MX3」はくるぶしをガードしつつ足首全体にシャーリングを施し、Oxtarの「SSパフォーマンス」StylMartinの「プラチナム」なども足首部分のプロテクションはくるぶしのスライダー程度にとどめ、動きやすさを優先している。
そこから一歩進んで三万円〜四万円台まで目を移すと、一気にプロテクションはハードなものと化し、足とのフィッティングも一ヶ所だけでなく二ヶ所、三ヶ所で締めつけるようになってくる。S-MX3と対照的なAlpinestarsの「S-MX Plus」はインナーブーツを靴ひもでフィットさせてからアウターをロックする形で、XPDの最上級「XP5-R」も同じだ。殺人ナイフのようなプロテクターデザインが印象的だった前モデル「Vertebra Race」の後継モデルであるSIDIの「Vertigo Corsa」などは足の甲をナイロンワイヤーで締め、またふくらはぎなど各部のフィッティングをダイヤルでじりじりと合わせる機構などがごてごてついていて、ユニークだが外見はもはやガンダムである。
そして、それらの各上級モデルに共通しているのはどうやら「横方向のねじれに対して足首を完全に固定する」ということのようだ。S-MX PlusもVertigo Corsaも、ふくらはぎ部から踵までを膝下キプスの様に一直線に固定し、一切左右に振れないようになっている。またXPDの上級モデルも、両者ほどでないにせよふくらはぎから足首にかけてのプロテクターはつながる形になっている。かなり不自由そうに見えるが、これが最新の安全理論というやつなのだろう。
もちろん、ソフトもハードも一長一短だし、プロテクションをとるか動きを取るかではそれぞれに支持者がいる。周りの話を聞いているとかつての2ストレプリカ乗りには今でもソフト派が多いようだし、つじつかさ氏などは名著『ベストライディングの探求』の中で、靴底がカチカチのプラスティックブーツではなく、「鉛筆を踏んだ時にそれが六角鉛筆か丸形かがわかるような」ソールのブーツを履け、と断じている*2。その一方で現在のGPシーンを見ると、やはり転倒時のことを考えてかハード派が多いように見える。
──動きやすさか、プロテクションか。僕は売り場で散々悩んだ。XP-3やS-MX3は確かにカッコいいが、ぐりぐり回る足首がやはり僕のようなプロテクションに安心を求めるタイプには逆に不安だ(笑)。かといって同じSIDIを買うのはちょっとつまらない。ところが、いざ聞いてみると最終的にXPDもAlpinestarsもサイズが品切れというではないか!僕はがっくり肩を落し、売り場を後にした。
と、そんな僕を背後から店員が呼び止めた。「お客さん、実は個人的には僕はこれが一番お勧めなんです」──振り返った僕に彼がそう言って出してきたのは、GAERNEの「G-RS」だったのである。

がっ、がえるね──僕の顔は高橋留美子風にひきつった。もちろんGAERNEは知っている。オフロードブーツを出自に持つ、歴史あるブーツメーカーだ。すぐに玉田誠の足に燦然と輝く「G」のマークが頭に去来するし、古くはワイン・ガードナーを思い起こす。WSBKでは例えばクリス・バーミューレンも使っていたはずだ。
しかし、その外見たるや──もはやハードを通り越してスキーブーツなのだ。さきに他社の上級ブーツが“ふくらはぎから踵まで一直線”のプロテクションと例えたが、ガエルネは文字通り足の両脇が上から下までプラスティックでつながっているのだ。そして極めつけはごついメタルホックでガチリと止められたふくらはぎだ。見ているだけで足の骨折が完治しそうなプロテクションぶりなのである。
さらにお世辞にもスマートとはいえないインパクトの強いデザインもあって、このG-RSは全く選択肢に入れていなかったのだが、「だまされたと思って履いてみてくれ」という店員に誘われて足を通すことにする。
普通と違って後部にあるファスナーをおろし、独立したインナーの“ベロ”を引っ張ってするりと足を入れる。すると横にファスナーがある場合と違い、足の位置がすぐにぴたりと決まる。そして例の強力なメタルホックの長さを調節して、「バチン」「バチン」とアウターシェルを止める。そして立ち上がる──。
と、想像していたような圧迫感が皆無なのだ。それもそのはず、きつそうに見えたアウターは実は内側のブーツ本体からは独立したような形。いわば“フローティング”していて、スキーブーツのようにダイレクトに足を締めつけているわけではない。さらにくるぶしの内側に入っているジェルがフィット感を増している。
さらに驚いたのは、あれほどがっちり守られている足首が“自由に動く”ことだ。前述のプロテクターが足の両脇から浮いた形でソールとつながっているため、その内部で足首はフリーにになっており、くいくいと自由に動くのだ。もちろん横方向にはねじれないが、プロテクションを他に譲った分足首には全面的にシャーリングが施されているため、むしろ全体が合成皮革で覆われた場合よりも動きやすく感じる。
──うーむ、さすがによくできている。S-MX Plusなどのガチガチ系高級ブーツもおそらくこんな感じなのだろうが、GAERNEはこのクラス中ではもっとも安価だ。さらに、日本国内向け製品は日本人用の寸法で作られ、リペアもSIDIと違い日本国内に専用の工場を持っていてちゃんと請けてくれるという。合成皮革さえダメにならなければずっと履けるというわけだ。
転倒時の安全性、GPのイメージ、周りであまり見かけないという珍しさ、サポート──総合的に考えればハードプロテクションブーツの中ではもっともリーズナブルだという店員の話も手伝って、僕はしばし逡巡するとこのG-RSを注文してしまったのである(結局これも在庫切れだったのだ…)。
一つ残念なことがあるとすれば、これだと「ブーツのファスナーを開けっぱなしにして歩く」ことが事実上できないということだろう。ツナギの上半身を脱いで背中にたらして袖を腰でしばり、ブーツのファスナーを開けてカパカパさせたまま歩くライダーはかつての夏の峠の風物詩だった(笑)。しかしツナギの背中には巨大なこぶができ、ブーツもこんな雪靴状態の現在ではそんな風にベテランを気取るのもままならない(笑)。ああ、どんどん時間は流れていくのだなあ。*3

*1:これは衝撃からくるぶしの骨を守るガードだと思っていたが、転倒時にこの部分がグリップすると予想外の怪我を呼ぶために滑らせて守るというパーツらしい。

*2:この本が書かれた89年当時から比べれば、ハードブーツも相当な進化を遂げているし、ソールもかなりよく感触の伝わるものになっているだろう。なかでもAlpinestarsのソールは逸品で、GPレーサーの中にはSIDIのブーツを履きながらソールだけAlpinestarsのものに換えている選手もいると聞いた。僕もS-MX3を試してみたが、ハードブーツでありながらステップに刻まれたローレットの感触までわかりそうなもので、かなり後ろ髪を引かれた。

*3:今回は入手前のため、上の画像はGAERNEの輸入元であるJAPEXのサイトから引用しました。