好き者たち

映画館離れが叫ばれ、利益構造がテレビ放映やDVDに移りつつあるとされて久しい。僕自身も(大学で映画を専攻しておきながら!)今や映画館に足を運ぶのは年に一、二度──しかも、それはヘタすれば子供の時に見たロボットアニメの再編集版というありさまだ(笑)*1
ジョージ・ルーカスWIREDのインタビューで、この時代の流れを認めつつ、「将来も人々は必ず映画館に足を運ぶだろう」と予言する。しかし、「それは人がいつの時代も社会体験を好むからだ。ただし、今ほど多くの人が映画館に行くことはないと思う」と続けている。
社会体験──そうなのだ。目の前に座った男の上背にスクリーンを半分ふさがれることもなく、親にセリフの意味を尋ねる子供の大声に邪魔されることもなく、後の人がこぼしたコーヒーが足下に流れてくることもない──そんな快適でぜいたくな自宅でのDVD鑑賞を捨ててまで映画館へやってくるのは、それが社会性をもつ行為だからだ。他人と言葉や体でコミュニケーションをとることばかりではなく、時間と目的を同じ密度で共有できる場へ出て行くことは、人間の根源的な社会的欲求を満たしてくれるのである。
……と、そんな堅苦しい話はさておき、共有体験という点で言えば、これほど密度の高い空間もそれほどなかっただろう──そう、9月10日、新宿。映画『FASTER』初日である。


先日のエントリのとおり一週間前に前売り券を手にしたことに安穏とし、新宿へ出張ったのは7時過ぎ。妻とゆるりと飯でも食べて……と思う前にテアトル新宿へ立ち寄ってびっくりした。
この映画館は単館上映中心なこともあり完全入替制で、場合によってはチケットに整理番号を打っておく必要があると聞いていたので念のためやってきたのだが、これが迂闊だった。開場一時間半前だと言うのに、捺されたスタンプは114番(!)。見ればすでにロビーには好事家たちが思い思いに場所を取りはじめているじゃないか。
とはいえ腹ごしらえをしなくては103分の長丁場は耐えられないだろうと、近場の雑居ビルで食事を済ませ、集合時間とされる9時すぎにテアトルへ戻って2度びっくり。劇場の外まで長蛇の列ができ、すでにロビーは人でごったがえしているのである。
少し焦ったのもつかの間、整理番号順に整然と入場させられ、確保した席は左翼の中心、まあ気にするほどでもない。振り返るとホールの後には立ち見の人たちも鈴なりになっていて、予想外の人気に驚くやら嬉しくなるやら、だ。
そう、今晩ここに集まった300人近くは、同じ“人種”──GPファンなのだ。そう考えるとワクワクしてくる。74という数字に多少なりとも思い入れを持ち、イタリアやスペインに通常の人よりも深い理解を示し、ナストロ・アズーロやWEST、テレフォニカ・モビスターといった一般人ならまず知らないようなブランドに脳味噌の一部を割き、「ぷんわ〜」というやかましいホーンの音を心地よいと感じる人たち──ここはそうした人たちの集まりなのだ(そうか?)と思うと、なんとも気持ちいいではないか。
そうこうしているうち、多少の二輪系CFの後、ユアン・マクレガーの抑えたナレーションとともに映画は幕を開けた。

映画そのものはあちこちでレビューも展開されているし、ネット上でも各所で適評を得ているので、とりたてて付け加えることもないだろう。僕の敬愛する映画評論家おすぎの言葉を借りれば*2、(GPファンなら)“もー、這ってでも観にいって頂戴!”である。
ストーリーは、2000年シーズンからのギャリー・マッコイの好調と、彼が度重なる故障によって第一線を退いていくまでの姿、“ケヴィン・シュワンツの再来”とされたジョン・ホプキンスの実像、そしてわれらがビアッジ先生とヴァレンティーノ・ロッシとの因縁が中心となり、一時間半以上をまったく飽きさせない。
往年の、そして現役のライダー達に加え、これまで記事しか目にしていなかったGP界のご意見番たち──マイケル・スコット、ジュリアン・ライダー、トビー・ムーディ──も次々とスクリーンに登場して自説を披露し、感激の極みだ。そして随所に王者ミック・ドゥーハンが顔を見せ、マッコイやビアッジら“詰めの甘い”ライダーをばっさばっさと切り捨てる(笑)。
これまで話には聞いているが実際に見たことのなかった映像、また目にしたことはあるが鮮明なバージョンは始めて、というようなクリップも満載だ。おなじみ99年のスペインGPでウィニングラン中にトイレに駆け込むロッシをはじめとして、02年日本GPでビアッジがロッシを肘でコース外へ押し出した“事件”、はたまた01年オフシーズンに一瞬だけテストされたレッドブルWCMの“空力重視”変態カウルをまじまじと目にすることができる。
極めつけは、01年カタルーニャGP、パドックでビアッジとロッシが殴り合った有名な事件直後のプレス・カンファレンス映像が、鮮明な画像で見られることだ*3
映像も実にスタイリッシュ、かつ編集もいい。01年カタルーニャ──ビアッジの劇的な敗北に向けて、細かく両者のカットバックを繰り返していく映像は、あたかも目の前でそのレースの結果を見守っているかのように迫力がある。
初日なこともあってか、場内は随所で大きな笑いや拍手につつまれ、“共有感覚”が観客たちをつつんでいた。未見の人も、百聞は一見に如かず。5週間という短い上映期間の間、なんとか新宿まで足を伸ばすのもいいし、DVDの発売を待ってもいい。とにかく見ておくべき良作だ。
特に、(僕のように)GPライダーやマシンに興奮しつつ、スポーツバイクで山を走り回る“愚か者”には必見である。映画の最後には、GPライダー達によるキツーい“お説教”が待っているのだから──。

*1:ええ、行きますとも、『恋人たち』にも。僕はもともとフォウの声が太すぎて好きでなかった(島津冴子さんは大好きでしたが>DPユリのせいで)ので、議論かまびすしい新声優陣にも抵抗ないので安心。

*2:僕が彼女(?)を映画評論家として評価しているのは、そのレビューがあくまで感情的かつ主観だからである。あるものをすばらしいと言うとき、それはぜったい理詰めでは伝わらない。人を動かすのは、結局は熱意や情感だからだ。理屈は人を感心させるが、感動はさせないのである。

*3:ここでは、「蚊に刺されただけさ」発言で“大人の対応”をして勝利を収めたとされるビアッジの姿を実際に目にすることができる。