スピード狂のアメリカ人

Jet2005-03-11

まず酒を用意してほしい。ビール、日本酒、ウィスキー、焼酎……あなたが美味しく飲めるものならなんでもいい。もし下戸ならば仕方ないから、たばこのみであれば新品のパックを用意。それも無いなら浮世を忘れる高級チョコレートを傍らに置くといい──DVDをトレイに放り込むのは、それからだ。
そう、酒でも飲んでれば最高に楽しいバカ映画、それ以上でもそれ以下でもない。素面でまじめにコイツを観てはいけない*1スーパースポーツバイクが山と登場するので話題を集めた映画トルク [DVD]を鑑賞しての、それが僕の最大のアドバイスである(笑)。
カート・ラッセルをさらにB級臭くしたようなマーティン・ヘンダーソン演じる主人公は、麻薬取引に巻き込まれてトライアンフデイトナ955を駆るアイス・キューブ(!)やハーレーのビッグツイン軍団と丁々発止のスピード劇を繰り広げる。主人公のRSVミッレを始め、RC51、CBR929、YZF-R1にいたるまで、スーパースポーツがこれでもかとスタント走行を繰り広げる様は、スポーツバイク乗りにとっては充分愉しめるシークエンスだ(ラフロードでのスタントシーンで、カウルの下が全部オフロードのシャシーにすり替わっていたとしても)。
劇中のバイク乗りたちは、まあ分かりやすくギャングである。それぞれ縄張り(峠のことだ!)を持ち、そこを“荒らす”他のバイク乗りは容赦しない。銃をカチャカチャ言わせ、顔を合わせれば殴り合い、あげくに人殺しまでやってのける。スポーツバイク乗りといえどアメリカ国内での認識はヘルス・エンジェルスと変わらないのではないか、と思ってしまう。悪役となるハーレー軍団と主人公たちのSSチームの争いは、さしずめ『さらば青春の光 [DVD]*2のモッズとロッカーズのようだ。
彼らが集まるストリート・フェアのシーンでは、ナンパあり喧嘩ありの中でウィリー合戦やバーンアウトが繰り広げられて、完全なお祭り騒ぎだ。しかしその様は、マナーだ安全性だと妙に真面目な最近の国内バイクシーンに比べれば、どことなく自由──バイクに乗り出した頃に感じたあの自由──を思い出させてくれる。そう、80年代の夏の鈴鹿は、まさにこんな雰囲気だったのだろう(いや、暴力は別だけど)。


とはいえ、『ミシェル・バイヨン』を越えたと言って過言ではないバカモーター映画さ加減はともかくとしても、この映画はアメリカにおけるモーターサイクルシーンと、彼らのバイクに対する国民性を垣間見させてくれる。
彼らが“攻める”のは岩山だらけの中西部を縫う中高速ワインディング。CBR-RRなどより1100XXやGSX1300Rが似合いそうな風景だ。そこにしても周囲はランブリング・ウィード*3の転がる砂漠、路面はロサイル・サーキットもかくやというくらい砂だらけのように見える。
そこで彼らは、コーナリングテクニックなどそこのけでただひたすら「スピード」を追い求め、ケンカ走りを繰り広げる。アメリカでスポーツバイクが売れないのは当然、“峠”がないからだ──と聞いたことがあるが、なるほどこんな環境ではスピードクルーザーの方が気持ち良いかもしれない。
そう、環境のなせる業か、彼らにとってバイクの魅力はやはりスピードであり、いかに路面にパワーをたたきつけるか、なのだ。映画の終盤には10秒で300Km/hに達するという改造モンスターバイク「Y2K」まで登場して、荒唐無稽な飛ばしっぷりでクライマックスをかっさらう。かつてヤマハがV-MAXを開発したときに、アメリカの販社に「馬力はどれくらいにしとく?」と訊いたら「出せるだけ」と答えが返ってきたという逸話もうなずける。
それにしても、アメリカ人って……と僕は見終わって思う。パワー、迫力、ケンカ走り──こんな精神性なら、インディカー・レースや迫力のスライドが身上のAMAダートトラックが人気なわけだ。すると、どうしてもGPを走るアメリカン・ライダーに思いをはせずにはいられない。
ロバーツ、ヘイデン、ホプキンス、エドワーズ──彼らも、やはり心の奥にはこんなノリがあるのだろうか?たしかにヘイデンやホッパーの“ファイターっぷり”は見ていて面白いが、そいつで激動期の今のGPシーンを勝ち抜けるかといったら、それは微妙なのだろうなあ、と思ってしまうのである。

ともあれ、この映画、前述のようにゆる〜く愉しむのがお行儀である。ストーリーには期待しなくていいが(笑)、最近流行のコマの「中抜き」*4やデジタル処理による高速クローズアップ、マトリックスめいたスローモーションが充分目を楽しませてくれる。
監督のジョセフ・カーンは、MTV出身らしく思いきりハイコントラストな画面を作り出し、背後でずっと“裏拍”が刻まれているようにテンポよくスタイリッシュな編集がテンションを維持してくれる。もうすぐシーズンイン、あと少しの我慢の時をこんな映画で過ごしてみるのも悪くはない。
──そうそう、ヘルメットがHJCだらけだったなあ。アメリカでシェアNo.1*5というのは伊達でないらしい。

*1:もちろんそれは「こういう映画には映画なりの愉しみ方がある」という褒め言葉だ。

*2:The Whoのアルバム『四重人格』を元にした青春映画。デコレートされたヴェスパを駆るモッズの少年と、トライアンフやBSAを駆るロッカーズの対立を背景にした珠玉の「出口無し」映画である。

*3:西部劇などでころがっているぐしゃぐしゃっとした枯れ草。

*4:動きを素早く見せるためにアクションのコマの中間を抜くやり方を、僕は勝手にこう呼んでいる。たっぷり味わいたければ、ジョン・ウー監督の『ウインドトーカーズ [DVD]』なんて見ればいやというほど楽しめる。

*5:新進の韓国ヘルメットメーカー。『RIDERS CLUB』誌4月号によれば、米国内シェアはロード用モデルで45%、オフ用で56%。国内用品店でも結構見かけるようになってきた。何せ安い。