青春ハイサイド

Jet2005-02-21

大型はおろか二輪免許も持っていなかった友人が、突然CBR1000RRのレプソルカラー仕様をオーダーした様子は以前のエントリーで書いたのだが、その彼がなんと周囲の予想を裏切って2ヶ月ちょいで大型二輪免許を取得した。
稼ぎもいいかわり昼も夜もないような多忙さだったので友人たちは皆心配していたのだが、契約時に提出した住民票の有効期限を切らすことなく納車にこぎ着けたのは見事である。*1
その納車当日、僕は当の本人よりも早くいそいそとディーラーの店内に座っていた。しかも革パン、レーシングブーツに脊椎パッドまでつけた完全装備(笑)。なんでそんなことになっているのかというと、この日に彼の納車つきあいついでに新型CBR600RRを試乗することにしていたからだ。
去年の不慮の事故以来、よほど軽い街乗りでない限り、装備を固めてバイクに乗るようになっている。ましてやディーラーの試乗車とはいえ人様のバイクとなれば、不慣れさに備えてちゃんとした格好をしておく必要がある、というわけだ(笑)。*2
しかしながら僕はこの日、意外にもこの装備が大げさではないのかもしれないと感じるはめになる。


エンジンをかけてまたがった新型600RRは、足つきがわずかによくなっているように感じるものの(おそらく軽量化のせいでそう思うのかもしれない)、大まかなポジションにはほとんど違和感がない。1000RRに似てステアリングピポットに向かって台形に盛り上がりをつけられたトップブリッジは周りに面取りが施され、旧型より見た目の剛性感も増していてカッコいい。
国内仕様のおとなしいエンジン音に不思議と安心感を感じながら、マシンを発進させる。試乗コースは幅10mほどの広い搬入用の私道。それを公道にぶつかる直前まで200mほど直進し、Uターンして帰ってくるというルートだ。
走り出してすぐに、僕はひそかに予想していた通りの感覚に驚いた。初期型にあったあの「板きれにまたがっているような感じ」がない!7Kgもの軽量化の恩恵か、サスのリンク変更が効いているのか、全体的にソフト。ガチガチな印象だった前期型よりもはるかにとっつきやすい。リアの感触があまりないのは変わらずだが、それを違和感と感じることがないのだ(自分がユニットプロリンクに慣れたというのもあるのか)。
もっとも、わずかな時間で直線をうろうろしているだけなのでその性質をわかったとはいいがたい。最後に'03型600RRに乗ってから半年以上が経つのだし、比較も記憶頼りでしかない。それでも、「なるほどスポーツバイクというのはこういうふうにモデルチェンジしていくのか」となんだか納得したような気分になる。
広い道幅を生かして左右に素早く切り返したり、わざと強くブレーキングしてリリースし、バーチャルコーナリングを楽しんでみる。ちょっと傾けるだけのつもりがスパッとリーンし、油断するとそのまま脇の塀に突っ込んでしまいそうになる鋭さは相変わらずだ。
乗りながらコンパクトな車体との一体感に陶然となっていくのも600の魅力だ。短いハンドルクリップの間隔と強めの垂れ角がやる気をかき立てる。こいつをまた峠に持っていったら──そう考えると、鋭く軽いコーナリングへの興奮がざわざわと胸に沸き上がる一方で、かつて経験した“600の難しさ”への畏怖も心によみがえる。
試乗前は、乗ってみて「やっぱり600がいい!」とか思いだしたらどうしようかと思っていた。しかし、その心配はなさそうだった。ボディシェイプもサイズも好みだが、600の最大の魅力は峠のコーナリング「上手にできた」一瞬につきる。そのわずかな瞬間と、大排気量の余裕をみせつつ峠ではダイナミックなコーナリングを現出する1000RRの懐の深さを照らし合わせたら、まだまだ僕には1000でやることがありそうだった。

──と、僕がぶつぶつ考えながら'05型を店に戻した頃、入れ替わりに別の常連客らしき人が'04型にまたがり、試乗路に出ていくのが目に入った(この店にはわずかに初期型の在庫が残っているのだ)。ちょっとした哀切を感じながら、僕は左右に張り出したエアダクトが特徴的なそのフェアリングが走り出すのを、ヘルメットを片手にじっと見つめていた。
そのライダーは何度か挑発的にブリッピングを繰り返し、車体をすっと傾けて右折しながら直線路に出ると、そのままアクセルをぐいとひねった。次の瞬間、リアタイヤグリップを失った
「きゅきゃっ」とわずかに音がして、再びタイヤがグリップを取り戻す。車体がぶんぶんと左右に大きく振れ、ライダーは蹴っ飛ばされたように車体の向こうに姿を消す。600RRは軽く一回跳ね上がり、そのまま横倒しに路面にたたきつけられた。
「めしゃっ」といういつ聞いてもイヤなあの音がして、エンジンがストールし、あたりは一瞬の静けさに包まれる。
──わお、国内仕様でもハイサイドするんだ。ライダーに駆け寄りながら僕の頭に浮かんだのはそんな言葉だった。
ライダーは幸運にもジャケットごしに肘をすりむいたくらいで、ぺたんと座り込んだまま「マジかよ〜」とつぶやいている。無事そうなのを見て安心しつつ、ショックなのがわかるので何と声をかけたものやら、だ。「アクセル戻しましたね?」とか咽まで出かかるが、今さら意味がないと思ってやめる。大丈夫ですかなどと話しているうちに店の人もすぐ集まってきた。
ハイサイドの破壊力は大きいもので、600RRは左側面を徹底して損壊していた。シールドやウィンカーは大きく破損し、ステップも折れてしまっている。左側のカウルやタンクカバーも割れたり削れたりして、全面的に交換しなければならないだろう。
冬の午前中、試乗車の冷えきり、かつ使い込んでいないタイヤ、キレイとは言いがたい路面。条件は揃っていた。イメージで「国内仕様はパワーが低い」などと思っているが、69psの最初の数割をひねり出しただけで、アクセルの扱いが荒ければこんな結果になる。転倒したライダーと店には申し訳ないが、貴重な、そして身につまされる経験だった。
見ると、ライダーは厚手のジャケットを羽織っているだけで手袋すらしていない。手慣れた常連がちょっと暇つぶしに試乗といったつもりだったのかもしれないが、これで怪我がなかったのは幸いというべきだろう。フル装備でやってきた自分に苦笑いしつつも安堵しているうちに、これから幕を開ける1000RRライフに顔を輝かせた友人が店に到着した。
──免許を取ったばかりの彼に、僕がさっそく目の前で見た低速ハイサイドの話をしてビビらせてみたのは言うまでもない(笑)。*3

*1:その間かの1000RRはディーラーの車庫でキレイに保管されていた。なんでもこの某ホンダ系大型ネットワーク店では、免許のない人に車体を引き渡してはいけないんだそうである。バイク屋さんってみんなこういうきまりがあるのだろうか。

*2:実はこれは半分ウソである。バイクに乗れない冬のストレスで、とにかくバイク装備を身につけたいだけなのだ。あー落ち着く(笑)。

*3:とはいえ彼の運転は慎重で危なげないものでしたが。