カミソリ対サーフィン

無上の伴侶と信じていた相手ですら、遠く離れ続けていればいつしか情熱も途切れがちになり、そのぬくもりも思い起こせなくなってくる──そんな感じにも似て、思うようにバイクに乗れない日々が続く僕はここのところ、ある“不実”な想いに浮かされつづけていた。その相手は、かつての愛車CBR600RR
'02〜'03シーズンを制したRC211Vへの憧憬、そして見事なまでに'02後期型RCVを模した新型CBR600が登場した時の感動──僕にとって600RRは、GPマシンへの憧れと最新のスポーツバイクに乗る興奮、そして価格(笑)がマッチしたとても思い入れのあるマシンだった。
600RRの、板きれに乗っているかのようなメリハリあるクイックな挙動と、まるで車体の後半部分が存在していないかのようなフロント重視の旋回は、僕にとってこれまで経験したことのない驚きだった。自分とマシンが完全に一体化して“俺ってGPライダー?”(笑)なんて思うほど素早い切り返しがこなせ、初めて経験する“マスの集中化”の恩恵に僕はすっかり魅了されてしまったものだ。
しかし『RIDERS CLUB』誌2月号の特集にあったように、600がフレンドリーなのはそこまでだ。速度域をあげるほど手ごわさを増し、奥まで突っ込んでカミソリのようにコーナーを切り取る一瞬の旋回がキメられるのは、僕程度の腕では本当にまれ。大抵は8000回転以上での激しいエンブレを御しきれず、倒し込みの瞬間の迷いで進入に失敗する。回転はあっという間に5000rpmくらいまで落ち、そうするともうヘロヘロとみっともない脱出しかできなくなる──。
だが、そこには毎回「挑戦」があり、「緊張感」があった。峠は戦場だった(笑)。バイクとの対話は“かわいがる”というより“オマエを乗りこなしてやるからな!”という男同士の真剣なもの。毎日でも峠に走りに行きたいほどの熱に突き動かされ、四六時中どうしたらもっとコーナーをうまくクリアできるかばかり考えていた。
──僕は今あそこに戻っていくべきなのではないか。そうだ、そうに違いない!1000RRの大トルクとバンク中の安定感もいいけれど、600の厳しさこそ真のライディングプレジャーだ!ため息の出るほど見事に'03型RCVを模してきた'05型CBR600RRの国内発売にも押され、僕はそんなありがちな妄想に朝から晩まで取り憑かれていた。


いかん、こいつは完全に“乗れないストレス”の転化だ、代償だ。「まだ走行の少ない1000RRを下取りに出せば新型600RRとツーペーに近いか」とまで妄想を深化させつつあった僕は、なんとか自分を見つめ直そうと本屋で1000RRの記事を漁っていた。そんな中、『Clubman』誌3月号の特集を見て、目からウロコが落ちる思いをしたのである。
「ホンダインラインフォアの血脈」と題された特集は、CBR1000RRとCB1300SFを徹底特集し、1000RRに関してはエンジンパーツの一つ一つまで、これまでどこでも見れなかったほど詳細にその作り込みを解説してくれている*1
僕の目を覚まさせたのは、その中で戸田隆氏*2が解説する“CBR1000RRを手なづける”ライディングテクニックだった。
連続写真と共に綴られたこの記事で戸田氏は「1000RRはマシンをバンクさせた後から旋回に入れ」という。ゆっくりとしたバンクスピードを利用し、奥まで突っ込まずかなり早めに倒しこんで、かつ倒しながらアウトへ向かう。そしてバンクが落ち着いたところで、その安定感を利用してそのままぐいっとインへ旋回していくのだ。
これだ!僕はすっかり得心がいってしまった。実は1000RRに乗り換えてから、明らかに自分が思う“カッコいいコーナリング”ができなくなったと感じていた。旋回ポイントをコーナーの奥にとり、そこから倒れるようにバンクする。他のバイクはまだ車体を倒しているのに、自分はもう出口に向けて車体を起し、加速に入っている──そんな姿が僕の理想だった。
しかし1000RRでは車体の質量があるためか、ライン取りのイメージがそれほどしっくり行かない。ブレーキリリースのポイントを境に明確にメリハリをつけるよりも、直線部分の終わり辺りから「ゆら〜」と倒していった方がスムーズだし、平均して早いのだ。
こんなのじゃ昔のビッグバイクみたいだ──そんな風に思っていたことが、知らずしらず自分の気持ちを600RRへ引き戻していたのかもしれない。しかし、違った。1000RRのアドバンテージは「倒し込み」ではなく「旋回」にあるというわけだ。しかも圧倒的に安定した旋回力に。
それをより早くから引き出し、あとはぐいぐいとインを目指していけばいい。確かに、記事中の連続写真は見ているだけで「うおお、こんなラインでこんなぐいぐいと!」と感動してしまう。

600RRがカミソリだとするなら、1000RRはサーフボード──僕は常々乗りながらそう思っていた。それならそれで、その波乗り感覚をそのまま生かしてやればいいのだ。それに、どちらが乗っていて「長く気持ちいいか」と問われれば後者だろう。
さしずめ600RRは「姿と技術のRCVレプリカ」で、1000RRは全域から溢れるトルクフルさと、大パワーを安心して扱える安定感という「乗り味のRCVレプリカ」だ(姿はそんなには似ていないからね、残念ながら)。
どちらも魅力的だし、優劣つけがたい。もちろん両者の味がミックスされれば一番いいのだけれど──と思っていたら、やっぱり出ました。1000RRに現行RCVの外見を与えるカスタムフェアリング

でも実際にこういうものを目にすると、こんどは今のオリジナル外装がいとおしく思えてくるのだから、オーナーとは勝手なものである(笑)。

*1:ピストンピンとの馴染みを上げるためナットレスコンロッドの小端から中央にかけて焼きを入れているなど、スペックオタクではないけれどついうひうひ言いたくなってしまう解説が満載で、1000RR注文時にもらった特別ブックレットよりも詳しい。オーナーなら読んでおいて損はないのではないだろうか。

*2:横浜の足回りショップG-TRIBE主宰の国際A級ライダー。