Route U(2)

Jet2004-11-30

(承前)
さして内陸育ちというほどでもないのだが、それでも目の前に海が開けると「…海だ!」と当たり前のことを叫びたくなるような解放感がある。県道16号線に入ってしばし走ると、一気にフラットな水平線が目の前に現れて、思わず声を上げてしまう。
やはり外海の風景は、見慣れた湘南などの海とは一味違う。飛び飛びに顔を出す岩島の向こうには穏やかで波ひとつない海原が広がり、水平線にぽつりぽつりと浮かんでいるのは貨物船かタンカーか。バイクを停めてこの風景を堪能したい衝動に駆られるが、目の前の気持ちようさそうなコーナーにも気を引かれて、そうそう停まる決心がつかない。これがスーパースポーツのちょっと辛いところだ。
海岸線に沿っていた道は、しばらくすると海に突き出した岩山を避けて内陸部へ入り込む。アップダウンを繰り返しながら高みに上っていき、やがて景勝、石廊崎へやってくる。有名な灯台でも眺めようかと道を外れると、意外にもかなりの行楽客と車で岬への道はごったがえしている。こんななかをツナギとライディングブーツでゴツゴツと歩くのは気が引けると、きびすを返してまた県道16号を進む。
しかしほどなくして、いいスポットが訪れた。石廊崎から2Kmほど進んだところにある「あいあい岬」という展望所で、車も少なく目の前には遠望が拡がる。時刻は13時近くになっていた。


しばらく休憩し、再び道を求めてCBRを駆る。朝の伊豆スカイライン以降、風景はよくてもライディングを心ゆくまで楽しめるタイプの道に出会っていないので、少しストレスが溜まり始めていた。この先、西伊豆スカイラインまでいいワインディングには縁がないのだろうか…そういう心配はしかし、あっという間に裏切られた。
あいあい岬をすぎてからの県道16号、そして国道136号に合流してから善福寺で再び海岸線に出るまでの間は、素晴らしいワインディングの連続だったのだ。タイトなコーナーを挟んで、波に乗るようなアップダウンが気持ち良く続き、両脇には常緑樹が並ぶ為か落ち葉もほとんどない。広い道幅にはクルマの影も無く、まるでバイクのCFの撮影に使われるような光景が拡がっているのだ。
時折立ち木の間から拡がる海原に目をやる余裕もなく、無我夢中で走り抜ける。これぞライダーズ・ヘブン。この道と、この後仁科峠で出会うワインディングは、足を伸ばして南伊豆まできた甲斐のある“発見”だった。
やがて快適なワインディングに別れを告げ、西伊豆(裏伊豆という響きの方が僕は好きだが)の海岸線を松崎方面目指して延々と北上する。海側には相変わらずの絶景が拡がるが、このあたりに来るとクルマの往来も激しくなり、目の前をダンプに塞がれて煤煙の中をだらだら巡航、なんてことも珍しくなくなってくる。
これが二人連れやグループだったりしたら、このあたりは漁師町のうまい定食屋で海の幸に舌鼓を打つスポットなのだが、ツナギ姿のソロツーリングではなかなかそうはいかない。そもそも僕は、一人だと時間が惜しくて食事もとらず一日走りつづけることが多いのだ(この日も早朝のマクドナルド以外御殿場に帰るまで何も食べなかった…)。次に来る時は、グループでわいわいやってみたいものだ。
そんなことを考えていたら目の前に「加山雄三ミュージアム」の看板。──若大将?いけない、堂ケ島まで来ては行きすぎだ。あわててUターンし、松崎辺りから県道59号線に入って中伊豆へと進路を転じる。海岸線とは、ここでお別れだ。

「一車線しかない細い道ですよ」宇川徹は言っていた。それでも車の列について西伊豆を延々走るより、こちらで戻る方がいい、と。
それはそうだが──僕は県道59号線で西伊豆スカイラインを目指しながら、こりゃあCBRでなくてムルティストラーダで来るべきだった、と後悔していた(嘘です。持ってません)。長雨の後であることもあり、落ち葉と落石とで荒れきった、昼なお暗い一本道。伊東西伊豆線は、自分のバイクのエンジン音と、ヘルメットの中で呼吸する音だけが響くタイトな峠道ルートだった。
しかしそこは、モトクロスバイクのポジションを参考に開発されたといわれるRC211Vの直系、CBR1000RR。タンクに着くほど前寄りに着座し、近いハンドルを武器に半身を起こしながら下半身でバイクを操り、高めのギアでトルクを上手く使えばレプリカといえどこんな道も恐れるに及ばない。一気にその十数キロを駆け抜ける。
そのタイトな道を抜けた後にひらけた天城牧場付近から県道411号は、まるでこれまでの苦難の赦しであるかのようにすがすがしい高速ワインディングが続いていた。前を行くアルテッツァと戯れながら夢中で走り抜けて、風早峠へとやってくる。見通せばはるか中伊豆までが遠景の中に拡がり、東側に見えるのは天城越えか。そちらを通って南伊豆へ抜けていったのかと思えば、まさに伊豆半島をぐるりと巡ってきた実感が沸いてくる。
しかしさすがに一日走りつづけているだけあって、疲れが見えてきていた。満を持して入った西伊豆スカイラインで、次々迫り来るナイスなコーナーを相手にするだけの集中力がない(笑)!油断すると視線が固定されるのですぐわかる。
西伊豆芦ノ湖スカイラインでは、アップダウンが激しい為に、例えば下りきってすぐの上りコーナーなどで視界が極めて悪い。だから、視野を意識して広く保っていないと身体に素早い指示が行かなくなるのだ。しかも僕はこの辺独特の、深さ50cmほどある路肩の大きな側溝がひどくコワイので、疲れているとすぐそれに目をやったまんまになってしまう。ああ、吸い込まれる吸い込まれる…。

危険なのでペースをゆるめに西伊豆スカイラインを抜け、修善寺を経由して再び伊豆スカ〜芦スカ〜箱スカを経由して御殿場まで戻る。陽は大きく傾き、一日中走りつづけた心地よい満足感が全身を包んでいた。僕の自宅からの総距離は540Km。“走りに走る”と言われている真の宇川ツーリングのルートは、その評判にたがわない多彩で走り甲斐のあるものだった。
これで今シーズンも終わり──少なくとも遠出は最後になるだろう。湖尻峠から富士山方面に美しい夕日が広がるのを眺めながら、しかし僕の心を覆っていたのは別の「寂しさ」だった。
──トモダチほしい。(笑)
まわりにバイク乗りは数人居れど、街乗り志向だったり、遠方に住んでいたり、それほど乗らないタイプだったりして、ワインディングへ一緒に出かけてくれる人はほとんどいない。ましてや夜も明けぬ前に集合し、ワインディングをガンガン楽しみ、一日500Km以上走っても平然としている同世代など、まず見当たらなくなってしまった。
マスツーリングはあまり好きじゃないが、シーズンの終わり、これだけのいい道を一人というのはさすがに孤独だ。来シーズンは自分でツーリングクラブでも作ってみようかな──などと柄にもないことをちょっと考えながら、僕は待ち受ける厳寒の富士五湖道路を通って帰路につくべく、CBRを走らせたのだった。