さらわれた限定車

Jet2004-11-21

GPファンというわけでもなく二輪免許も持っていないある友人から、一通のメールが来た。「CBR1000RRレプソルカラーは、まだ在庫があるのだろうか」とのこと。
いつか二輪免許を取りたいと聞いてはいたものの、ドゥカティとかSRとかスタイリッシュなシングル/ツイン系が趣味のように見えた彼がホンダさんのようなマスプロダクトを欲しがる案配に、どうしたことだろうかと首をかしげながらも僕は早速ショップへ連絡する。まだ在庫があるとの情報を得て、僕と彼は某大型ネットワーク店へ向かった。
聞けば彼にはドゥカティのようなクラッシィな方向とは別にもともとレプリカ志向はあって、先日リリースされたこのワークスカラーにはビビッと来てしまったんだとか。多忙な身で教習所へ通うこともおぼつかない彼だが、仲間内で一番金回りのいい男なので先に実車を押さえて何ヶ月か乾かしておくことくらいなんでもないだろう。
店に着くと、煌々と輝くレプソル仕様が三台鎮座している。店員も彼がまだ免許を取っていないと聞くと多少面食らい、「いきなり1000ccは…」というような雰囲気になりかけるので僕は慌てて話題を変える。このビグスク全盛のご時世、せっかく一人でも増えようとしているレプリカ乗りを萎えさせてなるものか(笑)。それにこっちはいいオトナなのだから、初心者とはいえアクセルの開けどころくらいわきまえているという前提で扱って欲しいものだ。
もっとも彼は初バイクが1000RRであることになんのためらいも感じていないところが頼もしい。レプソル仕様を目の前にして、いたく気に入った様子ですぐ見積もりなどはじめている。


初めて間近で目にするレプソルカラーは、やはり圧倒的に「うらやましい」(笑)。サイドカウルのホリゾンタル・ライン(水平に走ったミドルカウルとアンダーカウルの境界)を無視してカラーリングするだけで、他のカラーが持っているような多少ぼってりとした感じがすっかりなくなってしまうのは面白いものだ。
さらに感心するのは、この純正レプソルカラーがきちんと市販車にあうようにアレンジされている、という点である。それが、巷のショップが手がけるオリジナルペイント車との大きな違いだ。
よくあるカスタムペイントCBRは現車のレプソルカラーを忠実に再現しようとするが、CBRの横幅はRC211Vよりはるかに広いため直4ならではの違和感をぬぐいきれず、各パーツのつながりもちぐはぐな面がある。
それに対してホンダ純正は、実車そのまま”にはこだわっていない。例えば「Repsol」のロゴのある白帯を上下に広げ、ラインへのサイドカウルの曲面の反映を少なくすることでよりスラッとした感じを出している。それに応じて配色バランスも見直し、白とオレンジの境界線がそのままタンクカバー下部のラインに繋がるようにアレンジしている。これはさすがである。
さらにタンク上のウィングマークの形状とサイズも見直し、カウル前端から続く流れを邪魔せず自然につながるようになっている。テールカウルも、多くのショップカスタムが正直にカウル後端までサイドラインを引いているのに対し、純正は小ぶりにテールランプ寸前で終わらせているので、張り出したCBRのテールカウルのシルエットを強調しつつ、かつリアが主張しすぎない。
──いやあ、メーカーでノウハウを積んだデザイナーが手がけると違うなあ、と感心せざるを得ない。カスタムショップのはあくまで「CBR」だが、純正のは僕が日本GPの時の展示車を遠目で本物と勘違いしたくらい「RCV」っぽいのである。

半分冗談かと思っていたが、見れば友人は本当にすんなり契約を済ませてしまった。目の前でもう一台売れていたので、すでにこのショップにあるレプソル仕様は残り一台になってしまったことになる。
GPファンである僕を差しおいて(笑)何も知らぬ彼がこの素晴らしい限定カラーモデルを手にしてしまった事実から必死で考えをそらし、僕は店を後にした。それと同時に、彼を煽ってレーサーレプリカの世界に引っ張り込んでしまったことに、多少のプレッシャーを感じざるを得ない。
別に初心者に乗りこなせないとか、危ないとかは全く思っていない*1。むしろそれは1000RRの設計思想とは正反対だ。重要なのは、本当の意味で1000RRが彼にとって“楽しめる”モノになりえるか、ということだろう。
──ただ乗ること。走ることレーサーレプリカの愉しみは、そこにしかない。高級外国車とは違い、CBRのようなバイクは、所有して、磨いて、しゃれたウェアに身を包んで都心のカフェに乗りつけるだけでは何の歓びも与えてくれはしない。みせびらかそうにも、多くの人には排気量が大きいとしか感想を持ってもらえず、女の子はけばけばしい純正カラーに顔をしかめる。そんな中で、もし「うまく乗れない」という壁にぶちあたったら、このバイクに本当の愛着を見いだすのは難しい。
しかし、何度考えても、CBR1000RRを「やめておけ」という理由は思いつかなかった。なにしろ、僕自身がこいつを心から愉しいと思っているのだ。こんなにスムーズで、パワフルで、懐の深いレーサーレプリカを差し置いて何を勧められるというのだろう。
初心者だからなんだというのだ。ストイックな自制と鍛練の向こうで、ある日スパッと倒れ込むようなリーンを決めることができたとき、ハングオフしながら驚くほど近い地面を眺めることができたとき、彼の目の前には今まで考えてもみなかった官能の世界が広がると、僕は信じて疑わない。
とはいえ、僕は友人としてこれからその歓びをうまく彼に伝えられるのだろうか?その心配はやはり少しあるのだが。

*1:さすがに納車時のフルパワー化は勧めなかったけれど。