夢の旅路(2)

Jet2004-10-29

(承前)
集団は宇川徹にリードされて、猛烈な速度で中央道を飛ばしていく。デジタルメーターの速度計は普段めったに目にすることのない数字を表示している。目を上げれば、前方を行く宇川徹は軽く上体を起こし何の力みもなく居並ぶ車列をクリアしていく──そりゃそうだ、GPライダーにとってはこんな速度もGPマシンの最高速に比べればはるかに遅いのだ。
須走ICで全体が合流するのを待つ間、F4iのそばに佇む彼を囲んで“宇川号”の品評会が始まった。彼が泊まりがけのツーリング先でもバイクを洗い始めるほどの洗車好きだとは聞いていたが、実際そばで見ると思わず息を飲む──“ぴかぴか”どころじゃない、もう何年、何万キロも乗っているはずの車体が、まるでショーに展示してあるマシンをそのまま下ろしてきたようなのだ。外装やハンドル周りは言うに及ばず、パーツの隙間という隙間までどこにも「汚れ」が見当たらない。
そしてその輝く車体をさらに迫力あるものにしているのが、フロントからリアまで手を入れていないところはないというほどに奢られたカスタムパーツの数々だ。マフラーやサスはもちろんのこと、目につくところだけでブレーキマスター/ステダン/ローター/ホイール/スクリーン/バックステップ/フェンダーそして各所のカーボンパーツと、枚挙にいとまがない。
しかもフロントキャリパーに至ってはブレンボのモノブロックがついている!「公道にはオーバースペックでは」という誰かの問いに「ブレーキは“効きすぎて困る”ことはないですから」という答え。うーむGPライダーにそう言われると含蓄がある(苦笑)。
あまりの手の入れように、知らない人が見たら“盆栽バイク”と思われても不思議ではないF4iだが、これがワークスホンダのライダー宇川徹の愛車となれば、名実ともなっていないカスタムだと誰がいえようか。しかしそれ以上に「この人は本当に“バイク好き”なんだな」と感じさせられてしまう宇川号だった。
さらに本物の宇川へルメットと参加者が持参したレプリカ版の細部比較などをしているうちに全車集合し、一行は御殿場を通っていよいよ箱根へ入った。


予定されていたのは乙女峠箱根スカイライン芦ノ湖スカイライン〜伊豆スカイライン西伊豆という僕としてもなじみのルートだったが、なじみなのはルートの選択だけだったと嫌というほど思い知らされることになる。
──速いのだ。とんでもなく速い。
集団の先陣を切るや否やためらいなく加速していく宇川車を、タイヤどりどりの猛者たちがすかさず追う。集団のペースはあっという間にとんでもなく上昇し、宇川車なんて僕からはすぐに見えなくなってしまう。
基本的に速度域が違うのだ。僕は自分の甘さをいやというほど思い知りながら、必死で宇川組の最後尾にくらいついていく。広いはずの伊豆スカが、今日はタイトな峠道に感じる。ほとんど息をする余裕もなく、切り返すたびにヘルメットの中でうめき声だけが漏れる。
メーターに目をやれば…法定速度の○倍だって?こんなに飛ばすんだ(というか飛ばしていいんだ)!と思うと同時に、あまりの速度感覚の違いに自分の走りの組み立てなんて吹っ飛んでしまう。思わず身体が硬くなり、ブレーキングも荷重移動もめちゃめちゃだ。1000ccのパワーにまかせてなんとかコーナー立ち上がりでツケを払えなかったら、体裁もつくろえないほど遅れていたに違いない。
途中の集合ポイントでは、先頭集団のライダーたちと宇川徹が涼しい顔で後続を待っていた。休憩しながらふと宇川車のタイヤを見ると、これがびっくり。いわゆる「走り屋」っぽい荒れ方などどこにもなく、タイヤの端から中央までキレイに均等に減っているのだ!アブレーションすらほとんど見当たらない。無理にトルクをかけたりせず、必要なパワーを、必要なだけ引き出して使う。そして速い──GPライダーならではの市販車での峠の走り方を垣間見た気がする。

特徴的な600F4iが周囲の目を引くのか、休憩所などで「宇川徹がいる!」と察知して集まってくるライダーたちも多い。バイクなど何も知らなそうなおばさんまで「誰?有名人が来てるの?」とサインをもらいに行き、「僕が誰だか知ってます?」と本人にひどく訝しがられる始末(“宇川さんでしょ?”と言われて安心してちゃんとサインをあげてましたが。名前を教えたのは僕たちであるのは秘密)。
バイクのメッカ箱根なこともあってちゃんと有名人ぶりを発揮するのはさておき、宇川徹本人はやはりいたって気さく、というか「いいのか?」と思うくらい気配りな人だった。大人数のツーリングなこともあってばらけがちな集団を気遣い、率先してルートの確認や変更を行ない、さらに「僕がまとめますよ」と料金所で支払うお金をみんなから集め出す始末。
ロッシに勝ったことのあるGPライダーが目の前で「○○○円払った人〜」とか言いながら財布からおつりを配っているのを見るのは、もはや想像を絶する貴重な体験というか、感動すら覚える*1
緊張と恐れ多さでそれほど多く話はできなかったが(何を言おうとしても“質問”になってしまうから…。インタビュアーじゃないんだから)、やはり隣にGPライダーが立っていて、ふっと話ができるのは感無量なものがある。「うわ!ホントに左の耳たぶをいじりながら話してる!」*2とか「うわ!俺に向かって“あーるしー”とか“ガクちゃん”とか専門用語(笑)使って平然と話してる!」*3とかミーハーなことばかり頭をうずまいて、自分でも呆れるほどだ──。
僕が宇川徹を好きな理由の一つは、市販車に一度も乗ったことのないGPライダーも多い中で、彼が僕たちと同じ「バイク好き」のように思えるからだ。「速く走れるようになりたい」という僕たち一般ライダーのささやかな夢の先にいる(ように感じる)宇川徹が、実際に公道でどんな走りをするのか。それが見たいというのは何年もの間の夢だった。
実際には一般道で一瞬うしろを走れただけだったが(苦笑)、貴重な経験といろいろな収穫(自分はミーハーである/宇川ツーリングは必ずジャンケンするわけではない/自分の技量はまだまだである/安全運転と平均速度域が遅いことは違う/GPライダーはタイヤがキレイ/伊豆スカは天城高原まで行く必要はない/あの店のわらじカツは単なるトンカツであるetc.)*4を得て、僕はすっかり満足して帰途についた。
シーズンもあと一か月ほど。このツーリングで得た感動と自分の技量への叱咤を秘めて、僕は西伊豆で休憩している時に彼が教えてくれた、伊豆をぐるりと回るお勧めルートを走り込む計画を立て始めている。近いうちにレポートできるかもしれない。

*1:写真はおつりを配る宇川徹。もはや感動である。

*2:クセだと思われる。GPなどでのインタビューを思い起こして欲しい。

*3:「RC」とはRC211Vの関係者内部呼称。またガクちゃんとは現HRC開発ライダー・鎌田学のこと。

*4:宇川ツーリングは、ジャンケンで負けた人がジュースをごちそうしたり、上限1000円まで皆の昼食代を負担したりするルールがあるのは知る人ぞ知る事実。今回もやるのかと思っていたら「よく知ってますね」と笑われながらも「知らない人たちといきなりジャンケンするわけには…」とのこと。