OUT

Jet2004-09-20

じりじりとフライパンで焼かれるような暑さの中、アプリリアのブースでジェレミー・マクウィリアムスのサインをゲットした妻は上機嫌だ*1。125ccのチェッカーをグランドスタンドで見届けると(5コーナー席のチケットには、Bスタンドの指定券も付属している)、僕たちは5コーナーへ移動しいよいよ腰を据えて観戦を開始した。
250ccを見ながら遅い昼食。5コーナー席はメインゲートから遠く離れていて、その間をオーバルコース上を通って専用バスで移動する。その不便さに配慮してか、観戦者には駐車券とプログラムのほかに昼食と記念品までが配られる。
さして期待していなかったお弁当はありきたりの幕の内ではなく、多彩なおかずが9品もつまった豪華なもの。よく冷えたペットボトルのお茶までついてありがたい。
記念品には日本GP公式グッズの黄色いスポーツタオルが配られ、スタンドの観戦者はみんな日差しをしのぐためにさっそく開封して首や頭に巻きつけている。あちこちで黄色いタオル姿がもぞもぞしていて、さながら5コーナーは即席のキャメル応援席になってしまったかのようだ。
そして2時すぎ、それまでの250ccとは一線を画す地を揺るがすような排気音とともに、サイティング・ラップのMotoGPマシンがコーナーの向こうに一斉に姿を現した──。


いよいよスタートが近づく。45分後の未来に向けて、見ているほうの興奮も最高潮だ。アナウンスがレッドシグナルの消灯を告げ、つんざくような爆音が盛り上がる。その塊がこちらからわずかに見える1コーナー入り口にさしかかったとき、青いマシンが宙を舞い、続いて大量の砂埃が舞い上がるのが目に映った。
スタンドは総立ちになり、周囲は「あーっ!」という悲鳴で満たされる。スピーカーの向こうのピエール北川の絶叫も聞こえない。一年前の悲劇、再びか──。テレビモニターの画面は日光に射られてほとんど見えず、僕たちは場内放送に懸命に耳を傾けた。ホプキンス、ビアッジ、ロバーツ……10数秒後、目の前を過ぎていくマシンを目で追いながら、場内放送が告げるクラッシュリストと頭の中で必死で照合する。「ビアッジが歩いているのが見えた(から無事だろう)」と妻が言う。
この序盤の大クラッシュで興奮しきったスタンドの雰囲気はなかなか収まらず、それがそのまま玉田への大応援にすりかわっている。みな肩を怒らせこぶしを握り締めたまま、ちょっと玉田がオーバーテイクの気配を見せるだけで飛びあがらんばかりに立ち上がる。
序盤からあまりのカロリー消費に少しぐったりして息をついたころ、バックストレートで玉田がロッシを差したことが伝えられ、スタンドは再び沸きあがった。

モニターの見えない現地観戦には、レース全体をテレビでくまなく追うのとはまた違った緊張感がある。ほとんどのマシンが立体交差の向こうに消えると、あとは毎周予想のつかないカウントダウンをしているようなものだ。
場内放送の緊張した声に耳を傾け、手元のストップウォッチでトップグループの位置を想像する*2。集団がコントロールラインを通過し、電光表示板の変化に目を凝らしていると、もう目の前にマシンの群れがやってくる。入れ替わっている順位、開きまた狭まっているライバル同士の距離、そして姿を消しているマシン──。目の前を通過するのは、他人によって伝えられたものではない、自分が目と耳で感じ取る現実だ。
10週目、僕はその「現実」をつきつけられることになる。目の前を通過する中団。チェカが過ぎ、ベイリスが追う。妻がその後ろを行くバロスに手を振っている──って、宇川がいない!?
あわてて見回すと、目の前をよぎるオーバルのむこう、S字のあたりから砂煙が上がっているじゃないか。“UKAWA OUT”か──場内放送がそれを裏付ける。宇川ファンがほんの少し、ほんの少しだけ抱いていたある希望が、こうしていつものように消えていった。

玉田の実力はある意味予想範囲内とはいえ、今回のレースをさらに素晴らしいものにしてくれたのはやはり中野真矢だろう。レース中、中野のマシンが煙を吹いた直後を除いてずっとイソギンチャクのように揺れ続けていたグランドスタンドのカワサキ応援席が目に焼きついていて離れない。2002年のもてぎで誇らしげに「忍者熱闘」のシャツを着込んでいたカワサキファンが、鉄板芸術のように角ばった初代ZX-RRを駆る柳川明が90度コーナーで転倒した直後、葬式のように静まり返っていたのが昨日のことのように思い出される。
迫力あるビューポジションと、価格に見合うホスピタリティにあふれた5コーナースタンド*3、日本人ファンとしてもGPファンとしてもエキサイティングだったレース結果。今年のもてぎは、帰りの車中でトーチュウをチェックして玉田の失格を知った2003年のあのもやもやを、きっぱり晴らしてくれる素晴らしい思い出となった。

*1:この表現について妻より抗議が提出された。サインなどという即物的なものが重要なのではなく、生(なま)マックおじさんと握手できたのがよいのだとのこと。“人大杉だったら遠巻きに本物を目にするだけでもよかった。それにしてもしわしわだった”

*2:5コーナースタンドはコースマーシャルの詰め所と近いため、“業務放送”がそのまま聞けて面白い。トップの順位やリタイアしたマシンのナンバー、また周回遅れの状態などが逐一スピーカーから流れてくるのだ。

*3:あとは、グラスタとつなぐバスを待つ無駄を省くために(5時半で終バスだし)、オーバル上に歩行路を設けてくれれば完璧だった。