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Jet2004-08-02

異なる選択
思ったより長かった事故後の損害保障額の交渉もようやく決着し「そのままマシンを買い直すことなどもちろんできないが、それなりに納得のいく金額」で口座が膨らんでいる。体もわずかに首(というか咽の奥)に痛みを残すものの、ほぼ完調まで復帰した。僕は一刻も無駄にすまじとディーラーに向かい、ようやく懸念だった次期マシンの契約書にハンコをつくことができた。
そのマシンの名は、やはりというべきだろう──CBR1000RR。これまでの車歴で最高の愛情を感じていたCBR600RRと別れを告げ、僕は三たびリッタークラスのオーナーとなる道を選んだのだ。
事故の後、見る影も無くフロントを失った600RRを見ながら、僕はあることを考えていた。“コーナーを攻める”こと以外の一切の目的を切り捨てたこの一年間の600RRとの生活が与えてくれた官能的な喜びは例えようのないものだったが、その反面自分は、自分のバイクライフから失われたある要素に強い郷愁を感じているようだ、と。
それは、ツーリングがしたい、ということだった──。
もちろん、1000RRがツアラーだ、などと考えているわけではない。むしろ公称クランク軸出力172psのビッグマシンは、600RRで多少ならした程度の腕などこっぴどくはねつけてしまう可能性もある。
それでも600RRのエンジン特性に比べれば、その低速トルクは親指と人さし指で平然とスロットルを操れるほど豊かだろうということは、これまでの経験から容易に想像がつく。僕はそれを、600RRで極力避けてきた“街乗り”をクリアするための必要条件として考えるようになっていたのだ。


中排気量の魅惑と苦痛
実際僕はこの一年間、街乗りですらギアを二速以上に入れたことがほとんどない。高速道路ですら、燃費を意識しなければ四速程度で済ませてしまうほどだ。600RRの高回転エンジンの官能に魅せられてしまった者にとって、アクセルを開けても瞬時に尖ったパワーを引き出せない6〜7000回転以下で巡航することなど、叫び出したくなるくらい苦痛だったのだ*1
そのことがあって、必然的に街乗りや渋滞に巻き込まれることが予想される「ツーリング」めいたものは極力避けるようになってしまった。面白そうな企画に誘われても、50〜60Km/hで道路を“流す”ことを考えただけでゾッとしてしまい、間髪を入れず断ってしまう有様だ。
いきおい、早朝なら1時間ほどで行ける奥多摩へ600RRを持ち込むばかりとなる。空いた峠で思う存分その運動性能を愉しみ、一般車が出現してそれが少しでもスポイルされ始めるととっとと帰路につくという、良く言えば修験者のような、揶揄すれば孤独でネクラな楽しみ方を繰り返してきた。
それはそれで最高に楽しかったのだが、伊豆まで移動するのすら億劫になってしまった中排気量ライフに少し問題を感じていたのも確かだ。それに、未発見だった素晴らしいワインディング、見知らぬ峠の胸のすくような展望、地元の意外な“うまいもの”といったツーリング特有の発見や経験がなつかしくもあった。
本心では、今でも600RRの方が1000RRより断然格好いいと思っている(笑)。それになにより、'01年のオフシーズンに初めて目にしたRC211Vプロトタイプの衝撃とその後のGPでの実績への感動──それをそのままレプリカとして形に写した600RRへの思い入れは並々ならぬものがある。
しかし、情けなくも600ccでツーリングする根性をすっかり失っていた僕は、リッタークラスの「豊かな低速トルク」への想いを心のどこかで募らせ、それが僕を1000RRに向かわせた、という訳なのだ。

色眼鏡
選んだカラーは、周囲の異論をはねつけてもちろんトリコロール(パールフェイドレスホワイト)。というかこれしか眼中に無い。保険の決着を待たず車両を押さえようとする僕を「トリコなんて予約が要るわけないじゃない」とせせら笑う妻の予言通り、タマ数不足ということもなく車体はあっさり押さえられた。ああ皆何故わからぬか、この血沸き胸躍るホンダのシンボルカラーへの憧憬が。
僕の世話になっているディーラーでは、不思議なことに逆車ユーザーと国内仕様ユーザーがはっきり別れ、国内仕様のフルパワー化を選択したのは僕が初めてらしいので首をひねる。セパレーターとファンネルを交換し、ドライブチェーンはコスト重視で逆車のものを選択(さらば憧れのRK)。フルパワー化に要するコストは工賃とマフラーを除けば2万円弱と、決して多くはない。
マフラーは宇川徹も使っている(苦笑)レオヴィンチと、600RRの時にあきらめた仕上げのいいモリワキ、そして憧れのブランド・アクラポヴィッチで悩む。結局音質を重視してコストはかさむがアクラのスリップオンを選択し、イモビライザーやシングルシートカウルなど、前車同様のオプションを加えて僕はすっぱり注文手続きを終えた。
最近僕がバイクを選ぶ際に意識する基準は、3つ程度に定まっている。1)エンジンが流用でなく、独自設計であること、2)味わいよりも、速く走ることを是としているマシンであること、そして3)サーキットの匂いがすること、だ。
(600RRをさておいて)RCVのDNAを引くと喧伝する1000RRは、3)の“サーキットの香り”においては(それが大部分イメージ戦略であるにせよ)申し分ない興奮を与えてくれる。スムーズすぎる、速さが演出されておらず味気ない、オン・ザ・レールで刺激のない旋回性など、様々な雑誌のテスターが一言前置きしながらも“無視できない”性能だと訴えるこのCBR1000RRがどんな世界を見せてくれるのか。納車は1週間後に迫っている。
つか、安全運転、安全運転>自分。

*1:実際にはその先、タコメーターの針が10000回転に入るところからゾクゾクするような愉しみがあるのだが、これはそれなりに道を選ぶ。いや、テクがあるライダーなら別か。