君よ、栄誉に胸を張れ

ワークス贔屓
人間は、なぜ「もらい泣き」などする生物なのだろう。何ともなくフツーであるはずの時でも、相手が涙を見せた途端にこちらもなぜか目頭が熱くなる──。
第27回“コカ・コーラ(←わざとつけてみる)鈴鹿8時間耐久ロードレース。さまざまな事情により現地観戦の計画が倒れ、それならと考えたホンダウェルカムプラザ青山でのモニター観戦という計画も頓挫し、頓馬な素人集団が手がけたWebでのストリーミング中継はてんで機能しない。結局、僕と妻は暇さえあればPCのモニターの前にやってきて某巨大掲示板のリロードを繰り返すという情けない羽目に陥った*1
それでも何の情報も得られないよりはましだ。今年の願いはただ一つ──プライベーターの活躍が見どころの一つだろうが、資金力の差がレースをつまらないものにしようが、今年はワークスチームを応援する。なんとしても、宇川徹とセブンスターホンダ#7に勝利をつかんでほしかったのだ。


不器用ですから
宇川徹は、その才能とは裏腹に“美しい実績”から見放されたところのあるライダーだ。ミニバイクで頭角を現し、かつての吉村モータース、またかの“田中学校”テクニカル・スポーツの名ライダーだった高武富久美率いるチーム高武にスカウトされ、その後HRCに引っ張られるという人もうらやむすべり出しながら、その後は釈然としない結果につきまとわれ続けた。
天下のホンダワークスから全日本GP250へ参戦するものの、岡田忠之青木宣篤原田哲也という大御所がGPへ転出した2年目にやっとポイント差でチャンピオンを決めるが、そのレース自体は3位にとどまる。その後全日本3連覇を目指すが、'95年スズキの沼田憲保(現ヤマハ。38歳現役!)に阻まれて成らず。しかしそれでも彼は、翌年あっさりと世界の舞台、WGP250に出されてしまう。
WGPではチャンピオンを目指すもランキング4〜5位をうろうろし、4年目にやっとつかんだ初勝利は先行するヴァレンティーノ・ロッシスプロケからチェーンが外れるトラブルによるもの*2
ロッシがGP500に転出した翌'00年は絶好のチャンスだったが、中野真矢オリビエ・ジャックの熾烈なチャンピオン争いの陰に隠れてランキング4位。それでも彼は、翌年岡田のシートの空きを埋めるように最高峰500ccへステップアップするのだ。
最高排気量クラス初年はランキング10位に終わるも翌年は南アでMotoGPクラスとして初勝利。しかし一部にはRC211Vに乗るのがロッシと2人だけという有利さを揶揄する声もあった。そして、以後昨シーズン終了後GPのグリッドから姿を消すまでのキャリアは、多くの人の記憶に新しいだろう。
──そう、彼はその熱い闘志とは裏腹に、誰もが納得するような万全の実績を欠きつつも、人もうらやむWGPへの階段を上り詰めてきた、ある意味HRCの優等生”だったのだ。
ごく普通のことしか言わず、胸のすく批判もせず、大見得を切ることもない。決してリップサービスでファンを喜ばせることのない彼の謙虚さは、あるいは「なんであいつが」と陰口を背に受けることもあっただろうそうした彼自身のキャリアが影響しているような気もするのである。
だからこそ、だからこそ、だ。ガードナーに並ぶ8耐4勝ライダーという記録がかかる今年こそ、彼が“確固たる実績”をものにするチャンスなのだ。

それぞれがそれぞれの
鈴鹿の魔物”は早い夏季休暇をとり、今年の8耐はさしたる波乱もなくゴールを迎えた。もちろんドラマはある。ポールをとったTSR辻村/伊藤組の転倒とラストパフォーマンス、見る側も堪え難いケンツ北川の2年連続リタイア、プライベーター魂を感じさせるヨシムラの“ガムテぐるぐる巻き”タンク──。
見る人によってはトップの入れ替わりがない、単調でつまらないレース展開だったかもしれない。しかし今回、(だいたいが憎まれ役の)ホンダワークスのトップチェッカーには、いつも以上の意味があったと思いたい。ゴール後、喜びをはじけさせた後で涙に声を詰まらせる宇川のインタビューを聞きながら、僕も思わずぐっと来るものを堪える。
圧倒的なワークスのマシンパワーと、おそらくあとでまたとやかくいわれるだろうという序盤のペースカーの問題*3はあれど、これで宇川徹はまごうかたなき“記録”を手に入れた。
しかし、その記録が重要なのではない。国内で最高の伝統を持つ耐久レースでのレコードホルダーという“美しき実績”を手に、彼がこれからライダーとしてどれだけポジティブに走り続けられるか、それが問われるのだ。しがない1ファンとして、僕はそう思う。
──宇川よ、今日という忘れがたい日を祝そう。そしてあなたのために大いに飲もう!(本心:いやー気分がいいと酒がうまい。←なんだか“巨人が勝った日のお父さん”みたいだな、カッコ悪い)

最後に、某巨大掲示板8耐実況スレの◆7H1nY95b5U氏に心から謝意を表したい。公式ストリーミングサーバーが全滅する中、終盤に実況アナウンスだけ聞ける音声ストリーミングサーバーを立ててくれた彼のおかげで、実に臨場感あるゴールシーンに参加できたばかりか、宇川のインタビューまで聞くことができたのだ。いっちょまえに個人情報だけ吸い上げて、しょぼい素人仕事でユーザーを虚仮にしたPowerbroad社には猛省を促したい。

*1:CATVにがっちり加入している人間にとって、ロードレースのためとはいえスカパーへの加入は無駄にすぎるのだ。

*2:「その結果も2位を走っていればこそ」と彼は語る。それはまあ確かにそうである。
熊本日々新聞が、宇川徹の記事を延々1ヶ月に亘って連載しているのをご覧になった方も多いだろう。僕の知る限り彼のキャリアをここまで詳細に追った記事は例がない。必読である。(高校3年間しか熊本にいなかった宇川を「もっこす」というのはどうかとも思うが)
http://kumanichi.com/feature/kataru/ukawa/index.html

*3:序盤で転倒が相次ぎペースカーが入るも、何を思ったか首位を行く#7とヨシムラの間を走行してしまった。これで7秒程度だった差が1分近くに開くことになる。これに関してはいくつかのチームから正式に抗議が出る可能性もある。