青い玉

Jet2004-07-14

防衛機制
あなたは本当にたいしたものね──というようなことを妻が言う。事故の当日、家に落ち着くともうバイク雑誌を読みふけっている僕に、半ばあきれているらしい。それなりに体を痛める事故を起こしたのに、恐怖や精神的ショックはぜんぜんないのか、というわけだ。
むしろその逆だ。心理学者ならなにやら反応とか名前を付けるのだろうが、バイクの写真や記事を読んでいるとかえって気が紛れ、リラックスできる。足を引きずってディーラーに車体を検分に行った時も、展示してある他のバイクを見たり触ったりしていると、あちこちこわばっていた全身からすーっと痛みが引いていくのがわかったくらいだ(笑)。いよいよバイク馬鹿ってことなのだろうか*1
ふと壁に目をやると、けばけばしいハガキがピンでボードに留めてある。ライコランドのサマーセールを知らせるハガキだ。そういえばセールはこの週末だった。
もやはパーツをつけるべき600RRはないが、今は何であれバイクに関するものに触れていたい気分だ。買うものはなくても、ハガキを持っていけば福引きに参加することができる。せめていいことがないかと、それだけ期待して行くのも悪くないアイデアだ。そう思った僕は翌日、2歳の息子を連れてライコランド多摩店へと乗り込んだ。


神様は気まぐれ
いろいろと所用を済ませ、ライコランドにすべりこんだのはなんと閉店の20分前。これじゃ何も見れやしない、本当に福引き目的の客になってしまった(笑)。居並ぶビッグバイクに「むんむ、むんむ」(ブリッピングの擬音)と興奮する息子の手を引っぱって、僕は店の入り口に作ってある福引き台に並んだ。
ハガキを渡し、小さなノブを持ってカラカラと八角形のドラムを回す。結果は最初から全く期待していない。僕はてんで“くじ運”ってやつがないからだ。果たせるかな、出てきたのは真っ白い小さな玉。ハズレだ。
「目の前に並ぶステッカーから好きなものを取っていい」と言われる。ウチのバンドのリーダー(彼は僕をホンダ党に引きずり込んだ男だ)が、「HRC」やらロッシの「The Doctor」やらのステッカーを自分のストラトに貼りまくっているので、僕も自分のベースに貼って対抗してやろうと(アホか)「RKチェーン」のステッカーを選ぶ。
ふと見ると、息子が福引きの把手に手をかけてなにやらいじりまわしている。「やめなさい」と注意しようとしたが、店員の人が「まわしてごらん」というようなことを言う。まあ子供には面白そうなものだから無理もないと、十分に届かない手を助けて一緒に回してやる。一回転後、コトン、と転がり出てきたのは青い玉だった。
やれやれ、世の中こんなものだ。遊びで回した時に限って──そう思いながら息子を抱き上げてその場を去ろうとした時、あたりに鐘の音が響き渡った。「ボク、すごいねえ!2等賞!」店の人が息子に言う。「5000円の商品券です!」
え?僕は差し出されたものを信じられない気持ちで見つめた。子供が遊びで回したんだと思ったのに!それとも、ハガキ一枚で“お連れ様”もクジを引けるわけ?
半ば半信半疑でチケットを受け取ると、店の人は笑顔で僕たちを見つめている。どうやらマジだ。予想だにしていなかった幸運にちょっと混乱しながら、僕は息子を褒め称えつつライコランドの中に足を踏み入れた。

最速ショッピング
さあ大変だ。この商品券は後日使ってもいいのだが、大抵のものが10%オフになっているこのセール中に使えばもっと得をする。今日はセール最終日──残された時間はあと15分
すぐに頭に浮かんだ選択肢は、レプリカヘルメットだ。商品券とセール割引で10,000円以上安く買える今こそ、高価なこいつらに手を出すチャンスではないか。
今回の事故で頭を守ってくれた黒いSHOEIのX-8RSには深い傷が走り、もう使い物にならない。事故の補償金を待とうかと思っていたが、遅かれ早かれ新しいのを買わなければならないのだから同じことだ。見まわせば沢山のライダーレプリカが目に入る──加藤大治郎、柳川明、加賀山就臣ニッキー・ヘイデンコーリン・エドワーズケニー・ロバーツJr.、中野真矢岡田忠之etc……しかし、じっくり選んでいる時間はない。
心は半ば決まっていた。僕ははその場で妻に電話をかけていきさつを話し、いろいろ見てみたいが時間がないと打ち明ける。「だから、アレ……でいいよね?」「いいんじゃないの?」──僕は妻の後押しを得て安心すると電話を切り、店員に「宇川徹」のレプリカを試着させてくれと申し出た。
ああ、宇川徹──RC211Vを駆るのは2人だけという圧倒的なマシン差の中で’02年南アフリカGPを制するものの、第8戦イギリスGP予選でのクラッシュから復調することなくシーズンを終え、’03年は開幕戦の悲劇もあってか、ついにパッとしない戦績のままグリッドを去った宇川。GPに出られないなら引退だ、とやけっぱちな発表をしてすぐ撤回した宇川。
CBR1000RRのプロモーションビデオの中で黙ってヘイデンの替え玉を演じていた宇川。「レースに出ないのは耐えられない」と熱い思いを語りながらも*2鈴鹿300Kmで優勝すると「井筒さんのおかげです」と思いっきり肩透かしなコメントをくれる宇川*3。今年こそ8耐4勝という記録がかかっていながら、テスト中の事故で半月板を損傷して出場が危ぶまれているという宇川──*4
お前は判官贔屓なんじゃないかと言われそうだが、僕が宇川徹を応援したくなるのは、彼が高武RSCからHRCとエリートコースを歩んだWGPライダーでありながら、CBR600Fを駆りツーリングをこよなく愛する“バイク乗り”であることに親近感を感じるからなのかもしれない。

残り5分。いくつか宇川モデルのSHOEI X-elevenのサイズを試した後、僕は居並ぶ他のレプリカヘルメットを見まわして、迷いを立ちきった。ARAIにも興味はあったが(特にあの中野のクラッシュの後では)SHOEIのヘルメットに命を救われ「よし補償金が出たぞ、ARAI買おう」ってのはあんまりな気がしたのだ(笑)。
家でゆっくり試してみると、これまで使っていたものに比べ驚くほど軽いのにびっくりする。ずっと憧れだった後頭部の“エアロエッジスポイラー”が作り出すシルエットも先進的でいい。インナーの感触もはるかにソフトで、軽くなっている。
乗るべきバイクがないのに新品のヘルメットだけが手元に鎮座している様は、プレーヤーがないのにCDを買ってきてしまったような落ちつかなさもある。しかしこれは、来るべきバイクライフ復活への前売り券なのだ。この真新しいシールドの向こうに拡がる風景を想像しているだけでも、楽しくなってくるではないか。
え?あの5000円券を当てた子供への還元はって?──ハッハッハ。あと2年もしたらお前の手元には74DREAMがあるのだ*5、息子よ。それに比べれば5000円なんて、ハッハッハ──。

*1:まあこれは多分、事故の被害者なのでいかなる形にせよバイクがこの手に戻ると思っているからだろう。これがもし自損で廃車にしていたら、悲しくてバイクなんかしばらく目にできないに違いない

*2:『Dream Bikes』誌Vol.10、トライアルの藤波貴久との対談では、「(レースに出るという)あの心地よい緊張感がなくなってしまうと考えた時、俺は耐えられないだろうと思ったし、実際今はそれに近い感じ」と述べている。このインタビューでは自分の将来や戦績に関する話題を意図的に避け、藤波の引き立て役に徹しようとする様がちょっと胸を打つ。

*3:『Cycle Sounds』誌8月号。「井筒さんがリードしてくれたので、最高の結果が出せました」と。「勝つためにホンダに移籍したので、勝てて嬉しい」と率直に述べる井筒仁康と対照的だ。宇川よ、昨年の8耐でセブンスターの最後の火を消した“戦犯”は誰か忘れたか(笑)。

*4:7/1のエントリーリストによれば、宇川徹は問題なくセブンスターホンダから8耐に出場するとかで、ほっと安心である。

*5:「Daijiro Cup」を運営するデルタ・エンタープライズが発売する予定の新型ポケバイ。すごすぎ。
http://www.daijiro.net/74dream/index.html