Whole Lotta Trouble

神のブレーキング
「無理だ!」──テレビの画面にかじりつくほぼ全員が、まるで劇画のようにそんな危機感を共有できるのは、上空を飛ぶ中継ヘリのおかげだ。ラスト2周のストレートエンド、互いに疲弊し切ったタイヤをすべらせながらデッドヒートを繰り広げてきた後、ヴァレンティーノ・ロッシがすーっとセテ・ジベルナウへ近づいていく。一見スリップでも利用したような普通のパッシングシーンに見えるが、ちょっと待て──1コーナーの入り口はすぐそこなのだ!
見ている人間がおもわず悲鳴を上げるほどブレーキングを遅らせたロッシは、まるで直角かと思えるほどタイトなターンを決め、あっさりとジベルナウの前に出た。これはマシンどうこうじゃない、まさに比類なきテクニックの違いだ──声も出ない僕を襲う虚脱感が、後を追うポイントリーダーにも振りかかったのかどうかはわからない。しかし、チャンスを窺う努力空しく、ジベルナウはついに空転するタイヤに最後の力を伝えきることはできなかった。
今回ばかりは──いや、いつもそうかもしれないが──ロッシのマシンコントロールがまさに“人外”であることを素直に称賛しないわけにはいかない。路面温度40°の厳しいコンディションにライバルたちが最後までタイヤ選択を悩む中、ソフトコンパウンドを履きすでに序盤からずるずると滑るYZR-M1を駆りながら、ロッシはジベルナウに喰らいつき続けた。
後輪を、時には両輪を滑らせながら素早くマシンの向きを変え、またある時はまさにアウトに振りだされんとするM1を支えるために繰り返すロッシのスライドは、明らかに昨年までのRCVでのものとは違う、ギリギリでのライディングだ。ジベルナウが今一つ効率的にコーナリングできずにいるとはいえ、一見あぶなっかしく見えるのはマシン全体をぶるぶると震わすロッシのほうだ。しかし、画面上には二人の“力の差”とでもいうべきものがじわじわと漂っていた──。


死屍累々
第5戦カタルーニャは、チャンピオンシップへの様々な可能性を感じさせた前戦とは全く裏腹に、今シーズンの“主役”“脇役”がはっきりと別れ始めたレースだったように思える。
5周目、リアタイヤに問題を抱えていたというマックス・ビアッジが、争うジベルナウとロッシの後ろで3位からずるずると後退を始める。替わって浮上したマルコ・メランドリとの差が拡がるにつれて、“3強の戦い”というテーマがこのレースから失われていく。そして、前戦の興奮の余韻を引きずる日本の観客を沸かせたのは、ビアッジの後方で5位をキープしつづける玉田誠の姿だった。
ムジェロで異常なバーストを喫した後、正味2日間で問題を“解決”したとされるブリヂストンのニュータイヤを履いて駆ける玉田の姿に、期待とブリヂストンへの)不安の両方が錯綜する。
──しかし12周目、セテを追い立てるロッシの激しいライディングに目を奪われている一方で、玉田の名は画面左の順位表示からひっそりと消えた。やはりか──リアタイヤに異常を感じ、マシンが横を向きかけたと伝えられる玉田のリタイアに、GPの“タイヤ戦争”という側面をひしひしと感じざるを得ない*1
しかし、脇役に甘んじたのは玉田だけはない。今期のチャンピオンシップを盛り上げるべきライダーや話題のルーキーたちが、死闘を繰り広げるポイントリーダー二人の影で、次々と退場していったからだ。
序盤、アレックス・バロスがぽてりと転倒してグラベルへと去り、突然クラッチが切れなくなったカーティス・ロバーツはいつの間にかピットへ帰還している。コーナーの内側という奇妙な位置に、ホンダの“広報宣伝的エース”、ニッキー・ヘイデンのマシンが止まっているのが映し出される。ははぁ、これは“降りた”な──果たしてヘイデンは、後に飛び石でラジエーターに穴が開いて冷却水が噴出したため走行をやめた、とコメントした*2
「4気筒中2気筒が死んだ」というジョン・ホプキンスも走行をとりやめ、リアタイヤが何かを“踏んだ”ようで急に不安に駆られたらしいケニー・ロバーツJr.*3は、ピットイン後驚いたことにタイヤを交換して再びコース入りし、トップ2人とほぼ同一ペースで残り6周を周回しつつ「見かけ上の3位」を維持して観客を面白がらせた。同じ頃、砂塵にまみれてグラベル上に横たわっているトロイ・ベイリスが画面に映し出される──。

人が変われば、マシンも変わる
ずっと1-2位を争いつづけたトップ二人と、次々と退場した他のライダーやメーカーたち。何かひっかかる。そう、トラブル、トラブル、トラブル──マシントラブルが多すぎる。ライダーたちは軒並みマシンやタイヤに不調を訴えていて、ミスした、競り負けたというライダーはほとんどいないのだ。
これはライダーの言い訳云々という話よりも、前半数戦を消化していく中での各メーカーやチームのマシン開発競争がいよいよ加熱し始めた、ということを示しているのだろう。序盤戦の不本意な結果を受けてあわてる王者ホンダと、ロッシとジェリー・バージェスを得て波に乗るヤマハ、そして王者の足下が揺らいだ隙に1歩でも駒を進めようとする他メーカーが入り乱れた競争が、まさにはじまったのだ。
序盤戦の結果に上層部が激怒しているとも伝えられるHRCは、今後もRCVに対し様々な実験的変更を加えていくことだろうし、ニューエンジン開発の噂も後を断たない。ヤマハも次戦アッセンから新型スイングアームを投入するとかで、好調をさらに揺るぎないものにしようとしている。
スズキはGSV-Rに新型エンジンを搭載したと伝えられるが、ホプキンスのリタイアはそれが一筋縄ではいかないかもしれないことを予感させる*4。まったく役に立たないGP4型デスモセディチに泣くドゥカティも、アッセンから'03テストシーズンに一度お蔵入りさせたあの疑似2気筒“ツインパルス”エンジンを投入するという。まさに技術競争は今が旬だ。
タイヤの改良も激しさを増していくだろう。ブリジストンはもちろんだが、ビアッジも「タイヤサイドでのグリップを強化した」と伝えられるミシュランの新型が引き起こすチャタリングを解決できず、今回は8位というリザルトに甘んじた。セテ・ジベルナウが以前からチャタリングに関して繰り返し訴えていることをみても、ホンダはシーズン前から引きずるミシュランの新型16.5インチタイヤと'04型RC211Vとのマッチングに苦しんでいるのかもしれない。
毎戦の結果を受け、コンストラクターもタイヤメーカーも次々と新しいパーツやアイデアを繰り出してくる。どれがどうともわからないうちに次のパーツが出てきたりして混乱も生じ、それが意外な結果を生むこともあるだろう。こうした状況もまた、GP観戦の楽しみの一つだ。
そうした中で、どこがいち早く試行錯誤から脱し、方向性を固定して結果につなげていくのか──。はっきりと開発ライダーの不在が表面化しつつあるホンダを中心に、今後の変化が実に楽しみだ。

*1:実際にはリアサスペンションに問題があったとのコメントもある。BSはさらにカタルーニャでの“居残りテスト”で再びトレッド剥離によりテスト中止との報が。頼むよー、スズキもカワサキもあなたたちにかかってるんだ……。

*2:さらにヘイデンは前戦ムジェロでの転倒の際に傷めたクラッチに気づかず、それがスタートに響いたと述べている。この2年目ルーキーの花がひらくのはいつなのか──。

*3:これって、ぜったいブリヂストンへの不信感だろうと思う。一度バーストで骨折してるし。

*4:が、その一方でロバーツの“見かけ上の3位”と、ホプキンスのリアタイヤがフロントよりも59Km/hも速く回っていたという事実は、ニューエンジンのポテンシャルを感じさせる事実でもある。