黄色い弾丸

最後のチャンス
久しぶりに我を忘れたレースだった。気がつけばラストラップ、爆弾つきのバスの行く手に突如渋滞の車列が見えた時のように、カルロス・チェカマックス・ビアッジの前にバックマーカーの集団が効果音つきで立ちはだかる。まるで予選開始直後のように込み合った最終コーナーを走り抜ける2台から、順位を入れ替える最後の機会がぽろぽろとこぼれ失われていく──。
連続表彰台、そして'03シーズンに続くフランスでの勝者となったセテ・ジベルナウは、いよいよポイントリーダーとしての存在感を確固たるものにしてきたようだ。またもや風邪を引き(セテって裸で寝てるのでは?とは妻の談)、それでも洒落者らしく赤いバンダナのようなバンドで咽を癒しながら勝ってしまうこのライダーは、'03パシフィックGPの時もそうだったように、体調の悪いときほどむしろ濃密な集中力を発揮するタイプのようにすら見える。
今回が面白いレースだったのは、12周目以降一人旅で逃げ切ったセテの後方──そろそろ存在感を示したいカルロス・チェカと今年が正念場のマックス・ビアッジ、そしてこの人の前にはルールも何も存在しないヴァレンティーノ・ロッシ*1の争いが終盤まで続いたからに他ならない。
傍目にも見事なスタートを決めたチェカが2位に落ちて以後、後ろからはビアッジが虎視眈々とねらいを定め続ける(全日本の中継風に言うなら“ロック・オン!”。今年限定でビアッジを応援すると決めた(笑)こちらの心配は、後ろに迫り来るロッシの影もさることながら、勝負どころになったときほどミスをする彼の傾向だ。
はたしてその時はやってきて、ビアッジは21周目でダンロップコーナー直後の難所シケインで縁石内側をショートカット。なんとかリカバリーするものの*2、その後ずっと「今度こそ行くか!」と思わせておいて結局チェカをパスできなかったビアッジの勝負弱さ(?)が、結果として最後までこのレースを見物にしていたのだとも言えるから皮肉である。


赤パンを捨てて
それにしても、YZR-M1を知り尽くしたチェカの走りは全く危なげないものだった。ビアッジのRC211Vが懸命に追い上げるにも関わらず、(ビアッジがハードコンパウンドを選んでいたとはいえ)ストレートやコーナー進入でRCVに全く追い込まれないM1というのもちょっとした驚きである。ロッシ車と他のマシンとの違いがどうなっているのかわからないが、これまでの結果を見ても'04M1は相応のパワーアップとコントロールを両立させつつあるようだ。そこには昨シーズンまでの「やられメカ」的なM1の面影は微塵もない。
おそらく今回の強さは、チェカの巧みさによるところも大きいだろう。きちっと立ち上がりラインをブロックし、M1より素早くマシンを立てて加速に移りたいビアッジの頭を押さえつける。コーナリングを最短で終わらせ、直線でありあまるパワーを路面にたたきつけるのが身上のRCVにとって、この展開は辛いものだっただろう。
ロスを取り戻そうと無理にスロットルを開けるビアッジのコントロールは、やすやすとウィリー(すなわちパワーロス)を引き起こしてしまい、ストレートでチェカと差を詰め切れない。そしてブレーキングでも互いの限界はさほど違わず、またコーナーへ……の悪循環だ。これは、一本の理想のラインをトレスできれば誰よりも速いが、その一方で競り合いに必要なライン取りの多様さに欠ける、と言われるビアッジの弱点がはっきり露呈した結果といえるだろう。
チェカにとっては'02シーズンのポルトガル以来(M1のカウルが風船みたいだった頃だ!)の勝利で、成績の割に妙に絶大な国内人気を誇るこのスペインの優男も面目躍如に違いない。とりあえずは、かつての“赤パン”ツナギ(股関節のシャーリングが赤く、ブーメランパンツのように見える)で優勝しなくてよかった、と思わずにはいられない。あれで表彰台に上がるのは……ちょっとねえ。

眠れる獅子たち
ポイントスタンディング的にはまだまだ油断のできない争いが続いている。しかし、ロッシもいない、ドゥカティもいない表彰台がはたしてこのまま続くものだろうか。ロッシはスタート時のエンジンストールを呼んだ“新しいエレクトリック・システム”にしばらく苦労するかもしれないが、初戦の勝利が例外なのだと考えれば「ブルノ以降で勝つ」と本人が予告しているまでにはまだまだ開発の時間がある。ドゥカティはプライドを捨てて昨シーズンのGP3と新型GP4の“どっちが速い”テストをル・マンに残って行なうらしいが、今後の展開がどうなるかはより高速サーキットに舞台が移った時、見えてくるかもしれない。
彼らが再び復調してくるまでに、他のライダー(特にホンダ勢)がどれくらい水をあけておけるのかが、今後のポイント争いの決め手となるだろう。見る側としては、それまでにグリッドの後ろ半分を占めている勢力にもレースに見どころを添える存在になって欲しいものだ。今回のレース中でも不運きわまる“砂遊びコンビ”──ぜんぜん良いところのない阿部典史と、また他人のせいで転倒・骨折のジョン・ホプキンス──にも福が訪れますように……と祈らずにはいられない*3
ワークスホンダが妙に迷走しているのも怖い。そのうちぶち切れて新型エンジンを持ち出してくるかもしれないが、そもそもロッシなき今、レース上で開発の先頭に立っているのは誰なのだろう。6人のライダーに均等にマシンを渡す、というのが今年の方針だとは聞いていたが、今の状況を見る限りそれでは昨年までほどの優位を保つのは難しいだろう。
新パーツはエースライダー以外が先に実験(というかエースって誰だ?バロス?)という図式を当てはめれば、エドワーズや玉田あたりが妙に転び出したらそろそろなんかやってるナ……と思っていいのかもしれない(笑)。いずれにしても、ロッシには悪いが見どころの多いシーズンになりそうだ。

*1:ペースカーに抜かれたロッシがピットスタートではなくグリッドから“普通に”スタートしたことについてHRC側は抗議しているようだが、僕が思うにコレって、最終判断の責任者がコントロールタワーにいるからいけないのである。オフィシャルからタワーに連絡が行って、責任者が他の人間とちょっと相談したり、オイ今のシーンビデオで見直せるか、とか言っているうちにレースは進行してしまう。ピットロードのスタッフがルールに基づいて厳密に判断、すぐに誘導を開始すればいいのに……と思うのだが。昨年の鈴鹿8耐での多重クラッシュを引き起こしたのも、こうした重要な判断にかかる“時間”が原因だと思う。

*2:それにしてもこのシケイン、後にロッシもカットインしていたけどショートカットのペナルティはとられないのだろうか。もしあの後ロッシがビアッジを抜くようなことになっていたら、きっと問題になっていたと思うのだが…。

*3:オープニングラップの砂投げシーン、よく分からなかったから公式のビデオで見直したら、怒り狂って砂を投げているのはノリック(無傷)。それを見て“お、おれもなんかアピールしなきゃ”とばかりに仲間に入るのはホプキンス(親指骨折)だ。クラッシュの原因を作ったホジソン(ロッコツ骨折)はホプキンスのGSV-Rに轢かれながら先に画面外に飛ばされている。