Boxer

Jet2004-04-24

Nobody Loves You
僕はこの町にただ一人の牧師。皆が僕のところにやってきて相談や頼みごとをする。でも僕自身の話なんて誰も聞きはしない。ボケット一杯の僕のくだらない想い事を打ち明けられる相手は、神様だけ──そんなくたびれた気分になったときはどうする?
Nobody Loves You When You Down And Out──そう、落ち込んでるときは誰も愛してくれない*1。一人で速やかに立ち直るべきだ。そして、一番の気分転換は、モーターサイクルだ。新品のゴムの匂いと一杯のコーヒー。最良の安定剤だ。
上着を引っつかみ、仕事場から幸いにして15分、ホンダの青山ウェルカムプラザへやってきた。ここでは20日から来月6日まで、「加藤大治郎メモリアル展」が開催されているのだ。死者をわざわざ顧みて悲しみを新たにするのは好きじゃないけれど、「GPはすごいことになってるんだぜ、最高速347Kmだ*2。それと、アンタを一番恐れていたロッシはヤマハに移籍してあっさり勝っちまったんだ……」なんて話しに行くのも悪くない。


君は確かにここに居た
見慣れたショールームに入ると、いきなり正面の大スクリーンで大治郎のメモリアル映像を流している。とはいっても、生前彼が出演したテレビ番組などをあつめたものだ。番組は『Mobi』や『Boon』──変わらぬ大治郎がそこにいる。宇川徹が、他愛ないゲームで岡田忠之を負かして実に嬉しそうだ。その横で大治郎が笑っている。放映当時の彼にこう言ったら信じるだろうか?君は2年後、事故でこの世を去るのだ、と──。そんなこと誰も信じない。僕だって、未来からやって来た誰かが「お前は○年後に死ぬ」と告げたって笑い飛ばすだろう。──馬鹿を言え、そんなわけあるもんか、と。
WGP250ccクラスチャンピオンを獲得した直後の『BOON』に出演した大治郎が映っている。最後に今の気持ちを色紙に書くように頼まれ、「ふつう」と揮毫する大治郎。アンタすげえよ、やっぱり(笑)。
メモリアルブースの内容は昨年の葬儀の頃と変わらない。一番奥まったスペースに7点ほどのパネルが展示され、献花台とメッセージ用のノートがぽつりと置かれている。背後にはNSR250と、'02年の鈴鹿8耐コーリン・エドワーズとシェアしたVTR1000SPWが展示されている。こうしてみると、VツインのスリムなNSRと比べ、VTRは驚くほど大きい。2ストと4ストの違いもさることながら、ここまで車格の違うマシンをあの小柄な体でさらりと乗りこなしてしまうとは、と驚きを新たにする。
大治郎の死によって、日本のGP界は至宝を失った──というよりも僕は、希望を失った、と言うべきだと思う。結果がどうなっていたかわからないにせよ、加藤大治郎に感じていた“可能性“と全く同じ期待を担える日本人GPライダーは──少なくとも今この瞬間において──悲しいかな存在しない。「大ちゃん、感動をありがとう」このあふれかえったコピーに、僕は特に心を動かされはしない。「これまで」よりも失われた「これから」の方が今でも僕の心に突き刺さっているからだ。

トリコロール的感性
気分を変えて展示されているバイクを眺めて廻る。あれ、CBR1000RRがない──と思ったら、入り口付近にトリコロールと赤黒の2種が展示されていた。正直スタイルは600RRの方が良いとは思っているけれど(オーナーの贔屓目か?)、ホンダのフラッグシップとしての存在感は流石なものがある。近づけば……キー!ブレーキマスターが最初からラジアルかい!贅沢装備だねぇ#タメイキ#。それに、セルとキルスイッチのハウジングがどういうわけか共有部品でなく、レーシーで小ぶりなものとなっている。本当にホンダさんはこうした演出がうまい。
でも赤黒よりトリコロールの方がカッコいいと思うのは、感覚がどうかしてしまったのか。赤黒はどうも地味すぎるし(ウィングマークまで取ってしまったのはどう見ても迎合だ)、大柄な直4・1000ccの車体を余計量感あるものに見せてしまうような気がする。
よく日本車のカラーは趣味が悪いと言われるが、僕はそうは思わない。単色で落ち着いたアピアランスは外国車にまかせておけばいい。ああしたカラーリングは、どこも真似できない“キッチュ”なジャパニーズ・テイストなのだ。アプリリアを見よ。日本車テイストを出そうとした'03モデルのRSV1000Rのカラーリングがいかに似合っていなかったことか。ヴァレンティーノ・ロッシも日本車のカラーリングが独特で好きだと言っていた。同じように感じている人は、他にもいるはずだ。
ツナギ装備の時に使うウェストバッグを探していた僕は、アパレルコーナーで「HONDA RACING」のちょうど良いバッグを見つけて迷わず購入する。以前奥多摩で、先行するMH900eのライダーがドゥカティツナギにドゥカティ印のウェストポーチを携えていて、「ははぁ、メーカーマンセーも物おじせずにやると大したもんだ」と思ってうらやましく思っていたので、HONDAファンとしてはちょっと媚びてみるのも悪くないと思ったからだ。

OK、十分だ。僕はウェルカムプラザを出て帰路につく。すでに心は週末のワインディングへ飛ぶ。それと同時に「バイクっていいよなあ」という想いが胸を満たす。たった二つの車輪で走る小さな乗り物が、こうも人の心を浮き立たせる。
そう、人生には楽しいことがたくさんある。美しいもの、素晴らしいもの、熱くなれるもの、安らげるもの──。多くは望まない、そうしたものを一つでも作り出せれば、人々に送り出せれば、それでいいんじゃないだろうか?人生とは、生きた証とは、そういうものなんじゃないだろうか。
何かを心から「素晴らしい」と思える情熱。どんな逆境にあっても、それを失いたくはない。

*1:ジョン・レノンは、悔しいかな、いつも正しいことを言う

*2:ところでこれ、間違いらしい(笑)。現場にいたトーチュウ遠藤記者の記事によると、スピードガンの誤計測で各マシン軒並み+12〜13Kmになっているとか。確かに、昨シーズンから比べてありえない増速だし、技術者に言わせればこの速度を出したら間違いなくマシンは“離陸”するという(TBCビッグロードレースのイトシンを思い出す)。347Kmが記録された時、数値を監視していたピットの関係者が誰も騒いでいなかったと聞くと、なるほどと思ってしまう。ということはプロトンの最高速は…(泣)。