さよならモトグッツィ

Jet2004-04-06

嗚呼、不人気車
春。快晴。花粉なし。土曜日、僕は家族と友人をクルマに詰め込んで東京モーターサイクルショーへ出かけた。
皆春の陽気に誘い出されているのか、通常なら一時間で着くところを首都高はぎちぎちに渋滞し、更にはお台場出口から東京ビッグサイトまでの2Kmほどに一時間かかるという惨状で、着いたのは家を出てから三時間後。友人と家族は一足先に路上で脱出し、試乗会の順番をまつべく会場へひた奔る。
モーターショーと違い、どこを見回してもバイク関連という展示会は本当に幸せだ。いろいろ見たいものはあったが、やっとこ車を駐車場へ放り込んだ僕も持参したヘルメットとグローブを抱えてとりあえず試乗会へ向かう。
会場はなんかスリッピーそうな白いコンクリをパイロンで区切り、O字型のルートに申し訳程度のシケインをつけたコース。でも思ったよりも広い。受付の順番が来てみると、果たせるかな、CBR1000RR、ZX-10R、Ducati999Rと乗ってみたかったスーパースポーツはすべて当日分予約終了。じゃあどれにする?と頭の中が目まぐるしく回転する。トライアンフのDaytona600?いっそMajestyでビグスク初体験をしてみるか?いや、違う。僕が迷わず選んだのは、ああ憧れのモト・グッツィ
前にも書いたけれど、僕は二年ほど前からグッツィのV11 Le Mansに取りつかれている。特にV11のカスタムモデルであるRosso Corsa。突き出した赤いヘッドカバーが縦置きVツインを主張し、目を落とせば飛行船のキャビンのようにぶら下がった巨大なクランクケースに圧倒される。跨がればソフトな前傾ポジションで、安心感のある巨大なフロント・フェアリングが目の前を覆う。細部に目をやれば、オーリンズの前後サスにカーボン巻きのグリップ、アルマイト塗装のフロントフォークエンドやリザーバータンク類のステーが重厚な金属感を一層盛り上げ、その所有感はCBRの比ではない。
さらにボディに目を凝らせば、フロントからリアまでうっすらと入ったチェッカーフラッグの柄……。そう、V11のすごいところは、シャフトドライブの縦置きVツインなんてパッケージながら、半ば確信犯的に「走り」を主張しているところにあるのである。本当に速いかどうかはともかくとして、「速くありたい」というメーカーの演出はライダー心をくすぐるではないか。
CBRからすぐに乗り換えなんてつもりはないけれど、いつかは乗ってみたい。いや、セカンドバイクとしてなら今すぐにでも……。ゆったりと温泉目指してツーリングしたり、高速道路を延々と使って遠出したりもいい。故障やトラブルがあっても、セカンドバイクとしてなら我慢できる。常々そう思っていた僕は、さっそく会場でグッツィの試乗を申し込んだ。「すぐ乗れますよ」と言われてその不人気さにがっくりしながらコースへ向かう。


レコードからCDへ
試乗できたのは残念ながらLe Mansではなく、2003年型の新しいエンジンを積んだ「Breva 750」だった。雑誌などでインプレを読んで、このエンジンがこれまでのグッツィとは異なる、遙かに洗練されたものだとは聞いていた。Le Mansとは大分乗り味も違うんだろうな、と思いつつ、初めての縦置きVツインに胸が躍る。
とりあえず、クランクの回転方向からスロットルを捻ると右に傾く独特のクセというやつを試す。わずかに右方向に抵抗を感じるくらいだろうと思っていたら、これがビックリ。人に軽く「えいっ」と押された位に車体が傾くのである。面白くて何度もブリッピングを繰り返してしまう(笑)。これでもLe Mansなどと比べると弱いというのだから驚きだ。なんでもこのBrevaは、古くからのグッツィファンにとってはレコードからCDになったくらいの変革として受け止められているらしい。
ポジションはなんてことないコンパクトさ。街乗りからワインディングまでオールマイティに使う「下駄」として作られたネイキッドだから、どこにも辛いところがない。2000回転以上で発進しないとエンストすると脅されていたが、クラッチは問題なくすんなり繋がった。そして走り出してすぐ、僕は自分の感覚がもはやこの手のバイクから遠く離れてしまったことを実感する羽目になった。
遅いのである。
鼓動感や「低速でも楽しい」エンジンが大好きだった昔なら、これはそれなりに楽しめるバイクだっただろう。びゅるびゅるとスムーズに廻るエンジンは、予想していたような硬質感はないがそれなりの振動を尻の下から伝えてくる。ハンドリングはニュートラルで軽く、極低速のコーナーでもすんなりと倒し込んでいける。二速で廻ってみようとするが、この狭いコースでは回転が落ち過ぎるので一速固定で行くことにする。低速の右旋回中にスロットルをひねると例の影響で急に車体が軽くなるのでちょっとビビるのは、慣れの問題だろう。
しかし、スピード感は今の自分にまったく合わなかった。直線が精々100メートルではパワーバンドも何もないが、せめてと一速で引っ張ったりしてみる。しかし、ゆるゆると加速する車体に、心は全く踊らない。もっとパワーを!もっと高回転を!自分が何に乗っているかも忘れて、僕はダルなスロットルをひねり続けた。

また逢う日まで
自分が間違ったバイクに間違った感覚を求めているのはわかっている。でも何より、こうしたエンジンに何も感じなくなってしまっているのが驚きだったのである。「60Km/hでも楽しい」とか「鼓動感が気持ちいい」という言葉に胸ときめかせていた自分は、ホンダさんの水冷ハイパワーエンジンに飼いならされることによって(笑)、どこかにいなくなってしまった。
もちろん、こんな数分の試乗でグッツィがわかる訳がない。独特の乗り味を生かしたより高い速度域でのコーナリングには別の愉しさがあると聞くし、アクセルオンでリアが上がる独特のクセを乗りこなすのもまた一興だろう(今のタイプはそれを打ち消すスイングアームになってると聞くけど)。高速走行になるとエンジンの振動がふっと消えて、ビクともしないほど安定するという感じも味わってはいない。
しかし、水冷マルチのスーパースポーツに夢中な今の僕には、憧れのモトグッツィがなんとも遠い世界のものに感じてしまったのは確かだった。「このコースじゃ何にもわかりませんね」と言った僕に、担当する福田商会のスタッフは翌週末の試乗会に誘ってくれたが、僕は自分の余裕のなさに少しがっかりしていた。こういう乗り味のバイクを「速くないから」という理由で心から締め出してしまうこと自体、僕がまだ未熟な証拠だからだ。
きっと、どんなバイクでもそのポテンシャル通りに乗りこなせるテクニックや自信が身についた時、またこのエンジンに向き合えるに違いない。それと同時に、今の僕には“プラスティックバイク”のCBRこそ求めているバイクなのだ、ということが再確認できてどこかスッキリした気分にもなりながら、僕は試乗会場を後にしたのだった。
さようなら、グッツィ。ライダーとしてもっと成長したら、また乗ってみよう。