紅い宝石

仕事始めの一日を癒す週に一度のお楽しみ(大げさか?)、今週の「ロックオンR」は数週ぶりに市販車のインプレで、八代俊二氏による豪イースタンクリーク・レースウェイを使ったYZF-R1の試乗レポート。欧州仕様のミストラル・グレイを前にして滔々と語る八代氏、明らかにZX-10Rのときより機嫌がいいのは気のせいか。
それにしても、いつ見ても'04R1は美しい。イメージモデルであるラーバ・レッドなどは、機械というよりまるで宝石のようだ(実際にはその名の通り“溶岩”をイメージさせる深い赤だ)。純粋にプロダクトデザインとしてみたら、どのメーカーもヤマハには敵わないな、と思ってしまう。まだメーカーというフィルターを通してバイクを見ていなかった頃、ふと「キレイだな」と思うバイクはいつもヤマハ製だったのを思い出す。
手を出そうと思いながらも四輪にうつつを抜かし遂に乗らなかったが、SRX400の流麗なタンクとスパルタンにオフセットされたタコメーターのミスマッチは今でも僕を魅了して止まない。またSRVの派生車Renaissaの、当時としては珍しいブラックオフされたVツインエンジンの周りを等長化のためか艶めかしく湾曲しながら這う黒いアルミエグゾーストパイプは、男らしさよりも盛装した女性のドレスを連想させる*1。そして遙か高校生時代、雑誌の広告を見るなり電話に飛びつき、バイク好きの友人に「これはどういうバイクなんだ、俺はこれになら中免を取って乗ってもいい!」とまくし立てたZeaL(FZX250)のエルゴノミックなルックス──。
新型R1の細部まで作り込まれたデザインも嘆息ものだ。生物のようにうねりながらフロントカウルと一体化されたラムエアダクトのシュラウド(無粋にむき出しにするGSX-R1000とはなんという違いか!)や、三角配置により驚くほど高い位置にある、まるでSFメカような外見のクラッチカバーは「こんなとこまでしっかりデザインしてある!」と気圧されてしまう。
さらにローワーカウルからシートカウルまで一直線に切れ上がるラインや、通常とは逆の下側に補強用ビームを持ってきたことでアンダーカウル後端と一体化したように見えるスイングアームは、もはやデザイナーのイメージスケッチがそのまま実車になったようなインパクトがある。


古いヤツだとお思いでしょうが
おいおい、そんなにR1を褒めてるんならどうして買わなかった?と思われても不思議ではないが、僕がR1を選ばなかったのには単純な理由がある。“キレイすぎる”のだ──。
このスーパースポーツというジャンルのバイクには、「カウルは整流効果のためにだけ付いているもの」とでもいうような無愛想さがあった方が魅力的だ、と僕は感じている。エンジンや内部のメカニズムこそ本体で、フェアリングはそのオプションであるべき、というこの先入観は、「レーサーレプリカ」という今となっては多少的外れなカテゴリの呼び名と同じように古くさい考え方であることはわかっている。
それに、パワフルなエンジンに頼もしいフレームとジオメトリがあり、それに後からカウルを被せた(ように見える)「サーキットの匂い」とでも言うべき古いレプリカのデザインは、「パッケージングからはじめる」という今の勝利方程式から言えば捨てなくてはならないやり方だ。
とはいえ、R1のようにエンジンも本体も一体としてデザインされたように見えるバイクは、どこか“ヤワな”匂いを感じてしまって馴染めないのである。もしどこか一枚のフェアリングが失われただけで、全体がすっかりダメになってしまう──外見の完成度の高さが、逆にそんな脆弱さとして映るのかもしれない。アンダーカウルやサイドカウルを失っったまま平然と峠を攻め続ける年季の入った2スト250レプリカ使いのライダーたちから匂う“たくましさ”に、僕は心のどこかで憧れているのだろう。

見ざる乗らざる、買わざる
もちろんデザイン・オリエンテッドなバイクが悪いわけはない。モーターサイクルになど乗らない人々にアピールするときも、チタンコンロッドだのデュアルバタフライだのよりもパッと見の美しさの方が強力だ。──それに、R1は外見どうこうなど吹き飛ぶほどの獰猛な性能と、ワインディング好きを魅了する面白さを兼ね備えている。
実はヤマハのショップには何度か足を運び、'03型R1には実際に跨がったり、エンジンをかけたりはしたことがある。しかし、それ以上に進まなかったのは、心のどこかで“R1に試乗したが最後、買ってしまうだろう”という本気の恐れもあったからだ。
誰もが「操る面白さ」を力説する*2このバイクは、どの雑誌のレビューを読んでもネガティブな評価が見当たらないのが驚きだ。“バンク中でもコントローラブル”という絶妙なハンドリングに、低速域、中速域、高速域それぞれで表情を変えるエンジンなんて聞くと涎が出そうだったし、跨がった時もバイクが「ちゃんと乗れよ」と基本的なポジションをきちっと要求してくるのには感動さえ覚えた*3
しかしながら「次はホンダ」という初志とRCVへの称賛を貫き、今はホンダ乗り。CBR600RRの全てに満足してはいるが、こんなバイクと暮らしたらどうだっただろう、と夢想するのは楽しい。一度だけ食事を共にした気の合わない美女を思い返すように、僕はいろいろ想像しながらR1のインプレを眺めるのであった(笑)。

*1:重苦しさの残るSRVからは想像もできないほど変貌したこのルネッサは、“お洒落”度合いにおいては今でも色あせない名デザインだと思う。ヤマハ初のカラーオーダーシステムを採用し、全12色の中から選ぶことができた外装色も当時としては画期的だった。この特注色ヒートレッドにクリップオンハンドルやシングルシートをまとわせれば、あっという間に一流のイタリアン・カフェレーサーができあがる

*2:八代氏の'04型インプレも、その「操っている実感」をしきりと強調していたということは、「ツイスティロード(ワインディング)最速」から「セカンダリーロード(ハイウェイ)最速」に看板を掛け替えた'04R1も、その本質は変わっていないのだろう。どこかで試乗してみたいものだ

*3:僕はあれを『戦闘的』だとか『前傾がキツい』という表現をすることは、基準をスーパースポーツ車以外に据えた間違った見方だと思っている。なべてあらゆるバイクを前傾や足つきで一様にパラメーター化しようとする人や雑誌は多いが、なにを「快適」なポジションかとする基準は、いくつかのカテゴリによって別個に設けられているべきだ。景色の見えるレプリカはおかしいし、アグレッシブな気分になるクルーザーはどこか間違っている