2003年ベストレース

Jet2003-12-15

MotoGP公式サイトで「2003年のベストレースは?」という投票が始まった。好きに選べるわけではなくて、ノミネートされているのはR4フランス・ル・マン、R6スペイン・カタルーニャ、R9ドイツ・ザクセン、R10チェコ・ブルノ、R15オーストラリア・フィリップアイランドの計5戦だ。
「驚異の逆転劇」としてぱっと目を引くのはザクセンだ。ファイナルラップの最終コーナーでヴァレンティーノ・ロッシがインを締め過ぎて立ち上がりのラインを狂わせ、セテ・ジベルナウの劇的な勝利を許したあのレースである。レース終了後ヘルメットを脱ぎ、いつものように耳栓を外してスタッフに渡すロッシの表情は、まるで泣いているのかと思わせるくらい沈みきったものだった。心のどこかで「ああやっぱりロッシも負けると悔しいのだ」とあたりまえのことをしみじみと感じた人も多かったに違いない。この最終コーナーでの争いとこのレース以後のロッシの劇的な変化ぶりからも、03シーズンの転換点として最も“印象的な”レースであったのは確かだろう。
続くブルノもまた印象的だった。とはいえ、それは僅差で再び表彰台の頂点をもぎとり、レース後のパフォーマンスや奇抜な髪形を復活させたロッシの“再臨”ではなく、僕にとっては「かわいそうなビアッジ」という言葉が浮かぶレースだったからである。
前半数戦のロッシの不調、そして前戦ザクセンでロッシといえど無敵ではない……と誰もが思い始めていた矢先、かねてからの遺恨を晴らすため、“ブルノの帝王”と異名をとるマックス・ビアッジがここぞとばかり勝利をもぎとるというのは、実に美しい筋書きであるように思えた。実際、過去9年間で勝てなかったのは2回だけという驚異的な勝率からも、2戦前のドニントンから宇川徹を差し置いて改良型RCVを手に入れた実績からも、その期待はそれほど過大なものとは言い難かった。
だが実際のレースは彼とは全く無関係に進行し、ビアッジはろくにテレビカメラにも映らないまま中団でレースを終えてしまう。予選二日目の転倒の影響や、レース途中「ハンドルバーから手が外れて転びそうになった」というミスもあったというが、「良い子にしていればおいしいケーキをもらえるものだ」発言*1以来少しビアッジびいきになっていた僕としては、表彰台の上で歓喜するロッシよりもビアッジの落胆の方が気になったものだ。
それらはさておき、僕にとってもっとも驚異的だったレースはやはりフィリップアイランドだ。誰もが極限の状態でマシンを走らせるMotoGPクラスで、それぞれのライダーが0コンマ以下という寸秒を詰めまた引き離そうと鎬を削っている中で、10秒の遅れといえばもはやその場であきらめてしまっても構わないと感じるほどの大差である。
しかし、ロッシは違った。
ドニントンに重ねロッシが黄旗無視で10秒のペナルティを取られた時、観客の誰もが「これは面白くなった」と思ったに違いない。先頭をひた走る彼を取り除けば、続くカピロッシがもたらすドゥカティ2度目の優勝もさることながら、それを追うゴールデンルーキーたるニッキー・ヘイデンカピロッシを追い立てて初勝利をとげる可能性もある。また、4位を走る宇川徹が(02年でおなじみの“繰り上げ型”とはいえ)今期悲願の初表彰台を獲得するチャンスも生まれるのだ。
しかし、ほどなくしてロッシのラップタイムがみるみる縮んでいくのを見た観客は、このペナルティが彼に火をつけてしまたのは間違いないことを知る。そしてロッシはぐんぐんとペースを上げ、結果はカピロッシに15秒差、最終的に+5秒のアドバンテージでチェッカーを受けた形となったのである。
一緒にGPを観戦している僕の妻は、このフィリップアイランドでの走りよりも、カタルーニャでのスペインGPの方がインパクトが強かったと言う。絶望的なコースアウト後、一周一秒というペースアップであたかも他のライダーが動くパイロンであるかのごとく次々とパスし、見事に8位から2位まで浮上したあのレースこそ驚きであり、このオーストラリアはその再現にすぎない、と言うのだ。
しかし僕は、レース先頭というライダーによってはむしろ目標がなく走りづらいという状況の中で達成したこの15秒もの跳ね返しは、多くのライダーが「一体俺は何をしてるんだろう」という存在不安に陥ってもおかしくないほど鮮烈な勝ち方であったと思うのである。
もちろん、この状況をつかめず2位をキープすることに専念していたカピロッシが実際にペースアップを図っていたらどうなっていたかわからない、という話もある。また、ロッシが例の復活を遂げたブルノ以降、馬力をアップした「エースライダー仕様」のRCVを供給されていたという情報を勝利の一因とするむきもある。
どちらにせよ驚異的な結果であることに間違いはないが、僕が気になるのは、ロッシが「状況を把握した後は100%の力で走った」というコメントだ。多くの人(あるいは日本人)が、こういう時に「120%」、はては「200%」という言い方をしたりする。しかし理屈から言えばそれはオーバーロード=トラブルであり、全力とはとりもなおさず100%のことのはずである。
だから(『それまでは全力じゃなかったのか!』というツッコミはさておき)、100%を「文字通りすべて」とする理知的な考え方で冷静に自分の走りをコントロールすることが、最近とみに転倒することの少ないロッシの走りとその速さの一部を支えているように感じるのである。そしてよく言われることだが、ともすれば精神論的な「全力」走行をとなえる日本人ライダーとの違いが、またそこにあるような気もするのである。
とはいえ、どうみてもいつも200%で走っているように見えるロリス・カピロッシがその辺をどう考えているのか、こっそり訊いてみたいところではある(笑)。

*1:『Cycle Sounds』誌2003年7月号でのビアッジのインタビュー。03シーズンにホンダに移籍して以来、彼一流のマシンやチームメカニックへの辛辣な批判が影を潜めていることについて自重気味にコメントして。