ブレーキング開眼

Jet2003-12-04

『RIDERS CLUB』誌1月号で開眼した「ブレーキレバーを握る“スピード”」を検証すべく、600RRを通勤に引っ張り出した。
僕の自宅から仕事場までは片道30Km、それなりの距離だが道中はほとんど交通量の多い主要街道で、ワインディングはおろか大きなカーブもないくらいなので走っていてあまり楽しい道ではない。それでも、もはやこの季節とあってはおいそれと早朝から山へマシンを引っ張り出すわけには行かないので、やむなく排ガスをかぶりながらの“練習”だ。
家を出て2kmほどいった道中、ほとんど車の通らない見通しの良い道がある。そこでいつものように全開加速とブレーキングを繰り返し、タイヤを暖める(実際には街乗りなんかで必要ないのだが)と同時に体を600RRのポジションに慣らす。そのついでに「素早く、そして奥まで強く引き込む」ブレーキングを意識してやってみるが、ふ〜む、あまりいつもと変わらない。効かないわけではないのだが、法定速度を越えるようなスピードから急減速するときにはメリハリがはっきりわかるものの、常識的な速度域だとなんとも曖昧な減速になってしまっているような感覚が晴れない。
東京と八王子をつなぐ大きな街道を走りながら、それならとブレーキレバーの位置を今までの「2」から「1」まで遠くしてみる。ここまでやってしまうとメーカーの初期設定は一体何なんだと思いたくなるようなポジションだが、我らがネモケン師の言うこと、一度素直にやってみよう。
…果たせるかな、これが全てを変えた。ブレーキングの効果、激変なのである。
まず、制動距離が格段に短くなる。しかも、それが少しの恐怖もなく最初から最後までコントロールできている感覚がある。力を加えるも緩めるも自在で、それがわずか数ミリにも満たないストロークの中で行われているのが実感できる。
また、法定速度以下程度の低い速度域でもメリハリがつき、だらだらとブレーキングすることがなくなった。そして、何よりも嬉しいのは、ブレーキをかけているときとリリースした時の感触がよりはっきりし、それに応じてこれまで以上にフロントフォークの動きが伝わってくるようになったことだ。
これまでのやり方は全くと言っていいほど間違っていたのを痛感する。指の腹がやっとかかるくらいのポジションから、レバーなぞ強く引き込めるわけがないと思っていた。しかし、その先入観が動きを阻害していたのだ。
今までの自分を分析すると、指の腹でレバーを第1段階(フロントフォークのボトム開始)まで引き込んだ一瞬後、より力を入れようと、レバーが指の第2関節近くに来るようほんのわずかに握り直していたのだ。そしてこれが、やってはいけない「握り込み」へとつながっていたのである。それが証拠に、これまでのブレーキングだと指の先と親指の付け根の「手の腹」の両方から挟み込むように力をかけている感覚があった。
しかし、「1」の位置からレバーを引くと、本当に指のみでしか入力できない。それを握り直して訂正できるほどレバーが近くないのである。ままよとそのままレバーを引き続けると、力が入らないどころか入力の強さは増し、これまでキツいと思っていた奥までもすんなりと入っていけるのである。そしてそのあたりに来ると、フロントから強烈な制動力が立ち上がるのがわかる。
ブレーキへの入力が指先だけで完結し、腕の他の部分に伝わらないことで、自分の姿勢やバイクの他の挙動に神経を割くことが格段に楽になり、走りやすい。これまで、正しくやっているつもりでもいかにブレーキングで腕に余計な力を入れていたかを思い知らされる羽目になったのである。
あまりにコントローラブルになったブレーキに、いきおい加減速が激しくなってしまう。今まで「これはちょっと怖いな」と思っていたレベルの挙動(有体に言うと一定高速域以上での、他車を縫ってのジグザグ走行…)が圧倒的な安心感を持って出来てしまうので、気がつくと他車から見ればとんでもない危険走行になっている。必死に「グッドライダー、グッドライダー」(笑)と言い聞かせながら自分を押しとどめつつ進んだ。
ブレーキングの時に腕に力を入れない、なんてあたりまえに出来ていると思っていたし、他人にも偉そうにレバーの握り方を教示することさえあった。しかしそれがこんな風にコツ一つで激変すると、自分のライディングを猛省することしきりである。
自分のやっている楽器でもそうだが、「今までできなかったことができるようになる」愉しさは何ものにも代え難いものがある。特に、自己流や年季勝負である程度やってきたことが、基礎を学びなおすことで応用的なところまでドミノ倒し的に変わっていく。こういうことがある限り、まだまだお楽しみは長いな、と思うのである。さらにその先には全然違う何かが待っているのだろうし。