Secret Union


♪と〜きょうか〜んだあ〜きはばら〜、おかーちまちう〜えのうぐいすーだーに〜、にっぽりにしにっぽりた〜ば〜た〜、こーまごめ……。
と、“夕方クインテット”の『鉄道唱歌*1でいえばここ、JR山手線の駒込駅。密集した駅前の商店街に下町の風情を残す、江戸時代には富士を望む景勝地だった場所である。
とはいえ、今時分この町を、しかも駒込社会教育会館」というおよそくすんだ名前の施設を目指して東京一円から人が集まってくることなど、あまり想像できはしない。
しかしこの日、81年に建てられたこの古びた施設の一室には、その外観に似付かわしくないエンスージアスティックな空気が立ちこめていた。ここで、WGPを扱うコミュニティサイト「ライディングヌポーツ」のライター有志が主催した「お茶会」が開かれていたのである。不肖このサイトのライターとして参加している身もあり、僕もその末席を汚すことにした。
「お茶会」とはちょっとした大人の事情からした偽りの名前*2。その実訪れてみれば、有志が持ち寄った過去のWGP貴重映像を納めたビデオがうずたかく積まれ、飲食禁止の(!)音楽室に配慮して密輸物資よろしく持ち込まれたお茶菓子を真ん中に、GP談義に花咲かせようという数奇者のイベントなのである。
フタを開けてみれば心配はどこへやら、会場には都内都下はては横須賀からも訪れてくれた総勢15名の人々が席を埋める。僕たちはさっそくビデオをデッキに放り込んでタイムスリップを開始した。


持ち込まれたビデオはすべて見れば一週間は消費するだろうという分量だが、まずはメジャーどころからと93年の日本GP・500ccクラス──伊藤真一の大健闘を含め、ウェイン・レイニーとケヴィン・シュワンツ、ダリル・ビーティが息をもつかせぬ大接戦を演じたレースを観賞し、かなりカロリーを消費する(笑)。
今のMotoGPクラスを見慣れた目には、2ストロークの接戦はレースの理想形でもある。甲高い排気音とともに、マシンと一体になって揃ってコーナーに突っ込むライダー達はまるでシンフォニーを奏でる弦楽奏者のように一糸乱れぬユニゾンとなり、僕たちの瞼に焼き付いていく。
ストレートを疾駆する姿にすらライダーの強い意志がにじみ出ているように感じるのは、“バリ伝”世代の思い入れか。このシーズン、レイニーが悲運のアクシデントを喫し、またドゥーハンの栄光の時代がすぐそこまで来ていることに思い至ると、感慨もひとしおのレースだ。
続いてある意味“マスターピース”、98年250cc最終戦、アルゼンチンGPがデッキにかけられる。いわゆる“カピロッシ・ミサイル”と揶揄される、原田とのチャンピオン争いの渦中に起きた激突事件をその端緒からじっくり見ることができるのはいい体験だ。
開幕直前のプレスカンファレンスで余裕とも取れる原田とのじゃれあいを見せたカピロッシが、最終周に3コーナーでミスをして原田の先行を許し、焦りのあまり最終コーナー手前での無謀な突っ込みを引き起こしていく一連の姿が、その後の時代──アプリリアカピロッシ放出、そして数年後の原田の引退──を知るものにも、より切なげに映る。あっさり勝利をさらったヴァレンティーノ・ロッシが一人無垢を気取ってマックスターンを披露する姿が、コンチネンタル・サーカスの奇矯さを際立たせる。
続き、賛否両論ある中で(笑)、#56をまとった阿部典史94年鈴鹿でのスポット参戦が披露される。当時の希望を思い出す人、吐き捨てるように失望の言葉を残す人、それぞれの“ノリック”が室内に漂うのをよそに、古いブラウン管の中の阿部はまるで未来をあざ笑うかのように終盤の第一コーナーで宙に舞う。
最後はやはりというべきか、2001年のオーストラリアGP。変わらず美しいサーキットを背景に、映画『FASTER』のトピックともなったロッシVSビアッジのポイント争いが映し出される。芳賀紀之の“ケンカ走り”に目を奪われた後、その限界域で力を出し尽くした敗者ビアッジと、その黄金時代の幕開けを告げるロッシのチャンピオン獲得でこの集会が幕を閉じたことは、どこか皮肉であり、また必然のようでもある。

集まった人たちは男女合わせ、年齢も背景もそれほどまとまってはいないように見える。しかし、その後の二次会も合わせ、いつまでも、どこまでもWGP談義をしていけるという環境は、まるで「僕は此処に居てもいいんだ!」(笑)というような安心感に満ちたものだ。
観戦歴の浅い人の新鮮な興味、またベテランの巧妙な見方、カメラでライダーを追う人の視点、はては関係者とともにGPを転戦している人のパドック内輪話など──集まった人たちのそれぞれの感じ方は、どこまで聞いても尽きない面白さがある。
とはいえそれなりの年齢層のせいか、バイク業界の将来、また日本の二輪レースを担う人材についてなど、濃い議論も飛び出す。もちろんそれぞれのやんちゃな(!)バイクライフの話も刺し身のツマに挟まれ、濃厚な時間はあっという間に過ぎていく。
楽しみながらも、僕は「これほど二輪やモータースポーツはマイナーなのかなあ」とふと思う。本来であれば、こんな体験はそこらのスポーツバーやコミュニティで普段から提供されていていいもののようにも感じるのだ。
しかし、それはしてもせんない話だ。今はカタコンベに集まる密徒かもしれないが、こうした催しはいつかきっと日の目を見る日が来る。
──いや待てよ。ひょっとしたらコソコソやるから愉しいマゾヒスティックな部分もあるんじゃないか?きっと濃い趣味というのはそんなものなのかもしれない。そんなどっちつかずのことを考えながら、僕はまたの開催を約束して小雪の舞う駒込駅のホームを後にしたのである。
皆さま、お疲れさまでした!

*1:あー大変マイナーネタですみません。「汽笛一声新橋を…」の鉄道唱歌の節で歌って下さい。

*2:そこはそれ、要するに著作権の問題である。