ペンと線

Jet2005-06-24

私事で恐縮だが、マイサンが3歳児検診とやらに行ってきた。まあなんてことない定期検診なのだが、測定の順番などを待つ間、子供としては退屈だ。というわけで健康センターの職員がいろいろ相手をしてくれる。
そこである人に紙とペンを渡されてお絵書きをするように言われたマイサン、紙にひたすらぐるぐるうねった線をしたためる。「上手ね〜これは何かな〜」とひきつった顔でお追従を言う職員に彼が言うことに、「バイクがここを走るの!」。
──サ、サーキットかよ!これで将来本当にGPライダーにでもなった日にゃ「伝説」の出来上がりだ、と親バカきわまれりだが、家に帰ってもぐるぐるとその“サーキット”を描いた紙をうれしそうにひねり回すマイサンを見て、僕は長らく忘れていたあるものを押し入れから引っ張り出すことにした。
それは僕が子供の時に父親からもらって以来、大事にしまいこんであったある“紙のゲーム”だ。その名を「PEN-SEN GAME」と言う。


厚さ5mmほどの厚紙パックに数十枚も入ったその紙は、表面に方眼がきざまれ、その上にそれぞれ十数種類のサーキットのコース図が印刷されている。インテルラゴス、キャラミ、ハラマ、フランコルシャン、ホッケンハイム──今は懐かしき、往年の高速サーキットの数々だ。
さてこれをどうするかというと、この方眼紙の上に描かれたコース図を利用して見事に「レース」ができるのだ。
用意するのはボールペンと定規のみ。プレイヤーは最大三人、それぞれに色の違うペンを用意する。じゃんけんで順番を決め、まずスタートライン上と重なるグリッドの角に点を打つ。これが“自車”だ。
そして勝った人から順番に、グリッドに沿って線を引き、「自車」を進ませる。ただし、まず最初に進ませることができるのは1マス分。そして次のターンには2マス分、次は3マス分──というように一ターンに1マス分ずつ「加速」して線を引いていく(もちろん、同じ速度をキープして進んでもよい)。
また自車が次に位置できる場所は、まっすぐ進んだ延長線上の点Pと、そこを中心とした周囲のグリッド8点の中から自由に選ぶことができる。これによって左右に「ハンドルを切る」ことができ、進路を変えてコーナリングを行うというわけだ。
しかし、重要なのは「減速」も一度に1マス分しかできないことだ。迫り来るコーナーのキツさを読んで、徐々に3マス、2マス、と進むマス数を減らしていく。そして、タイトなコーナーでは1マス分ずつカクカクと曲がり、高速コーナーでは例えば3マスずつのスピードで、大きな軌跡を描いて回っていくというわけだ。
これが曲者で、調子に乗ってストレートでスピードを稼いだりすると、当然減速しきれなくなる。コーナーの入り口でまだ4マス分のスピードだったとすれば、次は少なくとも3マス分は自車を進めなければならない。すると、次に自車の位置できる点P+周囲8マスのどの点もコース外となる場合が出てきて、そうなれば“コースアウト”、「一回休み」である。
コースアウトしたプレイヤーは、その直前の自車の位置から「やり直し」となる。当然1マス分からスタートだ。いきおい前を行くプレイヤーとは差が開くことになる。
こうして、うまく次のコーナーの曲率を読み、一番効率のよい加減速の仕方を考えながらゴールを目指す。一見数学的にマス目を読んでいけばよさそうだが、どうしてなかなか、そんな風にはいかないものなのだ。

単純な理屈と素材でできたこのレースゲーム、僕は子供時代ずっぽりハマってやりこんだ。いまでもケースの中の紙には、友人と繰り広げた熱戦の“軌跡”がたくさん残っている。ドライバー/ライダーの名前とマシンを書く欄もきちんとあり、子供ならではのわけのわからないマシン名が書いてあったりして微笑ましい。
そのシンプルな奥深さに感動した僕は、「コース図を使い尽くしてはもったいない」と考え、ある時期にその用紙を封印してしまった(遊び方には“耐久レース”もあり、その場合はラップごとに一枚のコース図を消費していくことになる)。だから、今でもケースの中には未使用の紙がたっぷりと残っている。
マイサンにその中の一枚を与えると、大興奮してコース上にチョロバイを走らせたりして遊んでいる。CG全盛の世の中にあって、こうした紙とペンだけで夢中になれる遊びというのはとても貴重に感じるものだ。同じように方眼を利用して遊ぶ“水雷艇ゲーム”と似たようなものかもしれない。
「PEN-SEN GAME」という名前はペンを使って線を引くから名づけられたのか、今ネットで検索してみてもなんら引っ掛からないので分からない。そもそもクレジットには「1980 (C)Noir Creations」とあるものの、これが海外のものなのか、日本で開発されたものなのかも分からない(『Printed in Japan』とは書いてある)。
コピー機もろくにない子供時代には一枚一枚が貴重だったとはいえ、考えてみればこうしたコース図、今なら描画ソフトを使っていくらでも作れるだろう。今のWGPの各コースをプリントしたりして遊べば、大人でも十分興奮できること間違いない。
バイク談義もつきてきたライダー仲間の飲み会の後半など、この紙一枚取り出せば盛り上がることうけあいなのではないだろうか。