許されざる誤訳

今朝、ベッドから出ずゴロゴロしていた僕のところに、朝っぱらからGPニュースを持って妻がやってきた。
アプリリア、大変ね。バイク一台なくなっちゃったんですって」
「ハア?」
「マッコイの“Cube”がマレーシアのトランジットで行方不明になっちゃったらしいわよ」
僕は飛び起きた。RS3が一台盗まれた?書類上の不備でマシンが税関を通らなかったってのは聞いたことがあるが、まさか盗まれるなんて──なんて面白い大事件だ!頭の中はもう映画のようなドラマチックな真相で一杯だ──。


──アプリリア気鋭のGPマシン“RS3”が忽然と姿を消した。総重量百数十キロにおよぶバイクが、まるでマジックのように、空港でカーゴ・プレインからトレーラーに移すわずかな間に何者かによって持ち去られたのだ!億を超える高価なマシンの盗難に、財政難にあえぐアプリリア(とドゥカティ)上層部は怒り心頭、徹底的な捜索を命じるが、地元警察の捜査むなしく一向に目撃者も手がかりも無い。
一方その頃、マレーシア政府はクアラルンプール国際銀行(そんなのないけど)の貸金庫からある書類が盗まれるいう情報をつかむ。それは、現アブドゥラ首相が国防相時代に命じた非合法作戦の証拠書類だった。背後にいるのは、現首相を失脚させ旧マハティール時代のハコモノ行政復古をたくらむ建設業界マフィアだ。
しかし、この作戦には逃走経路上の問題があった。ある区間のみ、どうしてもバイクを使ってブツを輸送しなければならないのだ。それを解決するには、世界で最も速いモーターサイクル──GPマシンを使うしかない!
用意周到な計画によって盗み出されたRS3。それを操る為に雇われたのは、かつて志半ばにしてWGPを去った名ライダー、○○○○○(←誰にしよう?)。彼は家族の危機を救うため、やむを得ずこの仕事を引き受ける──。
そしてレース当日。真相をつかんだマレーシア首相から連絡を受け、イタリア首相ベルルスコーニからフリー走行を終えたばかりのパドックに電話が入る。電話口に呼ばれたのは若き世界チャンピオン、ヴァレンティーノ・ロッシ。事情を話したベルルスコーニは言う。
「頼む、ヴァレ。RS3を追い、書類を取り戻してくれ!」
時間は本選が始まるまでの3時間しかない!ロッシは言う。
「こっちのマシンは?」
「どのチームのマシンを使ってもいいようエスペラータ(ドルナ代表)に話をしてある」ベルルスコーニは答えた。
「わかったよ。やるだけやってみよう」ロッシは受話器を置くと、ピットの方を見つめた。となれば、使うマシンはあれしかない。
その頃TVインタビューを終えてパドック裏に出てきたマックス・ビアッジは、真っ黒なヘルメットを手に足早にどこかへ消えるロッシの姿を目にする。「あの野郎、何をするつもりだ?」──。

おっと、脱線に過ぎた(笑)。陳腐だがフランスB級映画とかで撮れそうだ…。とにかく、こんなドラマチックな展開で頭を一杯にしながら僕はすぐにMotoGP公式サイトを開いた。

確かに、“オーストラリア人ライダーが使用する予定だったRS3キューブは、イタリア-マレーシア間のトランジットで行方不明となり、チームメイトのジェリミー・マクウィリアムスのバイクを駆けることを強いられた”と書いてある。しかも、最初は同じくらいだと思っていたそうだが“ハンドルが少し大きすぎて”(垂れ角や高さのことか?)相当苦労した、と述べている。そりゃ大変だろう。
──でも待てよ?僕は念のためCrash.netを開いた。そうしたら案の定。

ヲイ、盗 ま れ た の は ツ ナ ギ ぢ ゃ ね ー か
今度という今度は堪忍袋の緒が切れた。MotoGP公式サイト日本語版の翻訳が時に誤訳どころか意味を正反対にしたり、日本語としてすら支離滅裂なときがあるのは周知の事実だと思うが、ここまで来るともはや捏造だ。
どうしたら“a new batch of Alpinestars”(新しいアルパインスターズひと揃い)が“オーストラリア人ライダーが使用する予定だったRS3キューブ”と訳せるのか?なぜ直前の“was forced to ride with leather borrowed off team-mate Jeremy McWilliams”(チームメイトのマクウィリアムスのツナギを借りざるを得なかった)をすっかり見落とせるのか?しかも大きいのはハンドルじゃなくて“arms”じゃないか!袖のサイズが合わないんだばか者!
──とすっかり血圧が上がってしまう始末(笑)。中学生が辞書片手に翻訳するものの文法が追いつかずに意味がわからず、“こんなこと言ってるんだろう”と想像して提出する翻訳文と大して変わらないじゃないか。
いったいどういうプロフィールの人間が翻訳したらこうなるのか、想像もつかない。今度ばかりは、ちゃんとメールで抗議でもしたほうがよさそうだ。公式ニュースサイトとしての役割を喪失している。
GPファン諸氏よ、「あれ?」と思ったら公式サイトの英語版かCrash.netを見るほうがいいですよ。