タンデム・ライディングの時代

“感情”の機能
友人がもうすぐ大型免許を取ろうとして、その後で乗るバイク選びに悩んでいる。彼は僕をホンダ党に引き込んだ張本人なため、当然対象はホンダ車だ。同じくGPファンである彼が大きく悩んでいるのは、今春発売のCBR1000RRか、それともVFR800か、だ。
かたや直4とはいえRC211Vの血を引く根っからのレースベース車、そしてVFRはホンダの純血ともいうべきV4エンジンにカムギヤトレーン、VTECにそしてプロアームという涙ものの装備をまとった“ザ・ホンダ”なツアラーである。レーサーとツアラー、エンジン形式も排気量も、さらには運動性能の命とも言えるブレーキシステムすら大きく異なるこの2台をなぜ彼が悩むかといえば、それはひとえにタンデムライディング──ガールフレンドを後ろに乗せて走る時の心配──なのだ。
GPファンのバイク乗りとして、1000RRは垂涎の超高性能スポーツ車。ワインディングを駆けて楽しむ気があるライダーなら、誰もがリストの筆頭にその名をあげるだろう。しかし、空力を優先させたシャープなシートカウルの先端に申し訳のようにつけられたタンデムシートでは、後ろの人はお世辞にも快適とは言いがたい。つかまるグラブバーもないし、しかもお尻の下には灼熱のサイレンサーを抱えているのだ。
その点VFRなら、ヨーロッパの山岳地帯を二人乗りで、しかも短い旅行なら十分なパニアケースまで両脇につけ、その上で快適かつスポーティに走れることを想定して設計されたバイクだ。絶対性能やスポーツ性では劣るが、前後連動ブレーキによるコーナーでの安心感やVTECによって補正された高速トルクは、ストレスなくタンデムでの移動を可能にするだろう。
──スポーツか、タンデムか。孤高か、女か(笑)。しかしこれには、バイクとは何かを占うそれ以上の意味がある。


バイクのジャンル分けとはなんだろう
うろ覚えだが、ホンダがバイクを開発する時には「エモーショナル・ファンクション」だか「ライフ・ファンクション」だかいう言葉があると聞く。「感情面や生活の上での機能」、つまりエンジンスペックや数値ではなく「自分がそのバイクで何ができるか、どんな気持ちになれるか」という要素で、「後ろにガールフレンドを乗せてデートできる」ということは、重要な“機能”の一部だというわけだ。*1。このことは、バイクのカテゴリを考える上で重要な視点を与えてくれる。
そもそも「レプリカ」や「ツアラー」、「アメリカン」「ネイキッド」といったバイクのカテゴリ分けは、バイクのハードウェア的な側面から来ているものだ。しかし、レプリカをツアラー的に使う人もいるし、アメリカンでジムカーナに挑戦する人だっているかもしれない。バイクのジャンルというものは、本来は使う人の数だけあってもおかしくないものだ。
しかしバイクの開発者は、従来そうしたハードの機能からそのバイクに見合う既存の“ジャンル”を選びだし、ユーザー像を想定してきた。でもその一方で、それらのことばでは表現しえない、これまでのジャンルを横断するような使い方やバイクとの関わりが生まれてきてもおかしくはない。
大友克弘のコミック『アキラ』に登場する“金田のバイク”にいつまでも熱い視線を送る人々がいるのは、あのバイクが既存のどのカテゴリにもに似ていない、存在しないスタイルだからだ。間違いなくカッコいい。しかしどのジャンルにも属さない。だれがどう使うのかが想像できない。だからメーカーはそれを作れない(どう作っていいかわからない)*2──。しかし、多くの人が欲しがるということは、すなわちその人たちには「そのバイクと自分がどうかかわっていくか」のイメージなんてとっくに頭の中にあるのではないだろうか?

タンデム・バイクの時代
そうした既存のカテゴリにとらわれずに考えると、「快適にタンデムできるかできないか」というのはバイクの種類を分ける大きな分岐点になっていくような気がする。そこにあるのは「二人乗り」というテーマだから、既存のどの車両にも似ていなくていいし、「〜風」である必要もない。必要があるのは二輪車としての基本的な運動性能と、楽しさだけだろう。言って見れば「タンデムバイク」という横断的でまったく新しいカテゴリの誕生だ。
'03年秋の「東京モーターショー」で出現したホンダの「グリフォン」は、ホンダがまさにそのカテゴリの到来をきちんと見据えてパッケージングの研究に入っていることを感じさせる*3。ホンダの朝霞研究所有志が主催するサイト『Dream Rides』http://www.hondard.co.jp/webapp/にあるグリフォンのデザイン過程を見ると、それがよりよくわかるはずだ*4
折しも高速道路における二輪車の二人乗り解禁が間近に迫り、タンデムに対する興味はいやがおうにも高まっている。各メーカーがこぞってバイク雑誌上で「親子でタンデム」的な連載企画をサポートするのが目立ち*5、今月発売の『別冊モーターサイクリスト』誌4月号では「タンデムライド2004」という特集が組まれている。さらに『クラブマン』4月号では、イラスト連載でまさに「タンデムバイク」というカテゴリとしての架空のバイクが描かれている。
街を見回せばビッグスクーターばかり。どれもスーパートラップのけたたましい排気音を響かせ、クロームメッキのハンドルバーやエアロパーツでこれ見よがしに飾り立てる。一人のスポーツバイク乗りとして今の流行に言いたいことは山ほどあるが(彼らはたぶん、数年後にはバイクを降りてしまうのだろうなあ)、それでも洒落た普段着に身を包み、女の子を乗せてゆったりと移動している様はたしかに、“こちら側”には望んでも手に入らない「性能」だ。
こう割り切ってみると、もういっそのこと世の中「タンデムバイク」と「スポーツバイク」のカテゴリに二分されちゃってもいいんじゃないか、と思うくらいだ。従来のようにタンクをまたいで乗る二輪が「スポーツバイク」。スポーツ走行を楽しむもので、タンデムシートは基本的にないものとして考える。そしてアップライトなビッグスクーター風ポジションなのが二人乗り移動用「タンデムバイク」。二輪に乗ろうとするライダーは自分の用途によって、どちらかを選ぶ。そんな時代も、またスッキリしていいかもしれない。

*1:これは、新型CB400SFがその運動性能を挙げるべく極限まで軽量化をはかる一方で、アルミ製の立派なグラブバーを装備していることからもわかる。グラブバーはCB400にとって“スペック”の一部なのであり、中型のCBオーナーになるべき層にとって、二人乗りは必要な“機能”だとホンダは判断したのだ

*2:過去に“金田のバイク”を自作したりワンメイクで作ったりし例は後を絶たない。しかし、いよいよあるカスタムビルダーによって“量産車”としてこのレプリカが作られだしたことは記憶に新しい。
http://www.stingray.jp/

*3:グリフォンより反響の大きかったスズキの“G-Strider”は、その点で既存のビッグスクーターの焼き直しに過ぎないのが残念だ。好きだけど

*4:閲覧には会員登録が必要。グリフォンのスケッチは「ドリームデザイナーズ」コーナー内にある

*5:これにはリターンライダー顧客獲得とか、父親の復権とか、40代もっと趣味に金使え、とかいろんな意味があるが