Naked

Jet2003-11-17

家でニュースステーションを見ながら遅い夕食を摂っていたら坂口厚労相大映しになり食べる気力をそがれていたところへ、「Let It Be...Naked」の発売にからんでか、キャスターがこれから「Get Back」の初公開クリップを流すと言い出した。最近は何らこういうことに関する情報を集めていなかったので、まったく準備などしていない。ビデオを用意する時間がないので、自分の脳にできるだけ記録しようと目玉を見開くのが精いっぱいだった。
中身はおそらく映画『Let It Be』のアウトテイク映像を「Naked」収録の「Get Back」に合わせて編集したもので、特定のワンテイクのレコーディングシーンが流れたわけではない。今回の「Naked」リリースに関しては、これまでもブートで「Get Back」という名で出ていたものを愛聴していたので音源そのものにあまり驚く体勢にはない。でもAnthologyの時と同じで、「ビートルズのニューアルバム」への沸き上がる興奮とリマスターに対する期待感、そして自分の持っている数少ないブート盤がまたひとつ意味を失ってしまうことへのちょっとした寂しさが交錯する*1
何の気なしに見始めたが、一度クリップが始まるや否や、箸を置くのも忘れて見入ってしまうカッコ良さ。僕は、実はこのGet Backセッション時代が一番好きなのだ。
エプスタインの死以降、急坂を転げ落ちるようにバラバラになり始めた(しかし音楽的には頂点へ向かっていった)4人が、頭ではもう無理だとわかっていても時折目の前をよぎる「これなら俺たちはまだいけるかもしれない…」という瞬間を何とかとらえようとしながら過ごした数百時間。「素面」ではどうしても反発しあってしまう重い空気を、半ばわざとらしくノッて演奏してみることで振り払い、その間だけ「昔に戻ろうぜ」というポールの呼びかけを全員が理解したように見えるあの雰囲気。しかし新曲のセッションになると再び軋轢が顔を出し、かつて一緒にふざけあった時代の他愛のないロックンロールを演奏したときだけ、また全員に笑顔が戻る。そして、そんなジョンとポールのせめぎあいと妥協とおふざけが凝縮された名曲「I've Got A Feeling」……。
Get Backセッションは、20世紀最高の音楽的才能の邂逅が破綻してゆく哀しい記録でありながら、互いに遠く離れてしまった音楽の、そして人生の方向性を、生々しいライブサウンドという膠でつなぎ止めることで生まれた、彼らの才能のもっとも豊かな整合体なのだ。
これまで音源が数種類発売されているのは知っていても、このセッションの映像にはほとんど出会うことがなかった。原宿Get Backで買ったオーバーダビングの映画を何度も何度も繰り返し観て、そのアウトテイク集はあまりの画質に購入をあきらめ、そのかわりこのセッションからのスナップがジャケットになったブートや、時折雑誌に掲載される写真を眺めているの関の山だったのである。
だから、今回の放映内容はあまりにも新鮮だった。そして、曲を作り上げていくスタジオレコーディングと言う生の姿のビートルズは、あまりにもカッコいい。ビートルズと名がつけば何でも漁っていたような昔の興奮が、またふつふつと沸き上がってくるのを感じる。
ベースを抱えひげをたくわえたポールの姿を見ながら、僕は二ヶ月ほど前に売りはらったヘフナーのバイオリンベースのことを少し思い返していた。ビートルズに「なる」のはもういい、ベース弾きとして新しいチャレンジをしようとつけた踏ん切りを、一瞬だけ後悔する。ここ3年ほどは一度くらいしかステージで使っていないし、そもそも音もプレイアビリティも好きになれない楽器だったけれど、僕の中に残るビートルズファンとしての部分は、やはり多少うずくのだ*2
無意識に部屋の隅のヘフナーが置いてあったあたりを視線がさまよっているのに気がつく。リッケンバッカーフェンダーに隠れてそっと置いてあったあのシンボリックな楽器はもうない。年齢的にも演奏的にも、ポール・マッカートニーから得た感動をスタイルではなくプレイで表現すべき時なのだ、とあらためて自分に言い聞かせる。しかしこのクリップから注ぎ込まれた興奮は、次の(そしてビートルズバンドとして最後の)ライブに少し違った気分を吹き込んでくれそうだった。DVDの発売が今から楽しみだ。

*1:実際には『Live At The BBC』でUnsurpast Mastersが、『Anthology』でSessionsが、そしてこの『Naked』でGet Backが公式リリースされてしまった……。この調子だとMy BonnyとかSilver時代音源、クリスマス・アルバムまで出されかねない

*2:つーかさ、正直言えば全く使いにくい楽器なんです。弦は専用でなくちゃダメな上に一万円もするし、ネックはすぐ反る上に根元の接着部分から逝くし、サステインは無いし、各部の作りはちゃちだし、ショートスケールの上にフレットマークがないので暗いステージで持ち替えるとちょっと混乱するし。でもなんといっても、美しいんですがね