いちばん寒かったツーリング

今週に入ってから急に冷え込んでいる。こういう冷たい風にさらされると、もうバイクシーズンも幕引きだなあ、ともの悲しい気分になるものだ。今年は念願のCBRに乗り換えたにも関わらず雨続きの夏、そして奥多摩周遊道路の土砂崩れとフラストレーションがたまる年だったので、「まだまだ走れるやい!」と意地を張りたくもなる。
とはいえ、充実した冬装備*1を持つ今となっては、ちょっとした山行なら厳寒の1月〜2月中旬を除けばそれほど辛くはない(路面状況は別だけれど)。バイクのフェアリングが冷たい風もある程度防いでくれる。かつてのGS1200ssなどは、巨大な油冷エンジンからの熱が大柄なカウルの中でうずまき、真冬でもライダーのもとまで暖気が流れてきたものだ。
しかし、そうした冬装備を持たずに体むき出しのネイキッドバイクに乗っていたりすると、冬の冷気は命の危険さえ感じるほど辛い。僕がこれまでで一番ヒドい思いをしたのは、ハーレーのスポーツスター、XL1200Sに乗って11月の終わりに諏訪へ出かけた時だった。
実は無謀にも最初の目的地は上高地だった(笑)。しんと冷え込む朝の4時に東京を出発し、中央道をひた走る。冬物のフィールドコートの下に何枚も重ね着をし、ジーンズの下にもパッチを2枚。しかし、バイク用に作られていないジャケットはすき間から容赦なく冷気が入り込み、藤野を過ぎるあたりですでに全身がカチコチに冷えきっていた。
しかも外気温の冷たさにメットの中はあっという間に曇り、それを取るためにずっと薄くシールドを開けておかなくてはならない始末。談合坂で休憩しつつ「日が昇ればなんとかなるだろう」と淡い期待をかけてバイクを走らせる。しかし風防のないスポーツスターでは直接体が外気にさらされ、吹きつける寒風に腹にいれたホカロンも冷たいまま。そして、この状況から早く抜け出したい一心で無意識にスピードを上げるからさらに始末が悪くなる。双葉SAにさしかかるころには足がタンクをばっちんばっちん叩くくらい全身が震えていた。
たまらず諏訪湖SAに入り、そこで1時間以上休みながら無料の熱い緑茶をがぶがぶ飲むけれど、いっこうに震えがとれない。時刻は8時になろうとしていたが、外気温も一向に上がる気配を見せない。もはやこれ以上進む気にはならず、かといって戻る気力もない。寒々しく広がる諏訪湖を眺めながら、僕は完全に停滞してしまったのである。
体がここまで冷えると暖房などではどうにもならない。たき火やストーブのような熱源にあたらないと元に戻らないと考えた僕は「そうだ温泉に入ろう!」と思いつく。温泉が開くだろう10時くらいになるまで時間を潰そうと、湖畔のファミレスで朝食をとる。そしてそこでトイレに入った時、忘れもしない、店内放送からジョン・ウィリアムスのギター曲「Cavatina」が流れてきたのだ。
これを主題曲とする映画『ディア・ハンターASIN:B00008453C、僕の中でトップクラスに入る一本だ。ベトナム戦争を舞台とした苛烈なストーリーもさることながら、ロバート・デ・ニーロ演じるマイケルたちが暮らすペンシルベニアの寂れた鉄工町の雰囲気が大好きなのだ。そうだ、僕はあんな風景を見つけにきたんじゃなかったか。名も知らぬ小さな町の冬景色に誘われて、バイクにまたがったのではなかったか*2
そう思い返した僕は急に元気になり、一路温泉街へと向かう*3。開いていた共同温泉に飛び込み、湯船にゆっくりとつかってガチガチになった体節をほぐす。しかし体を洗おうと湯船から出た時に猛烈な立ちくらみに襲われ(そりゃそうだ)、卒倒すまいと集中し、洗い場の真ん中で足を踏ん張ること数十秒。目を開けると、傍で小さい子供が前も隠さず仁王立ちしている僕を不思議そうに眺めていた。
さて、体は温まったもののもうこれ以上山中へ踏み込む勇気はない。そこで周辺をぶらぶらと流して廻ることにしたのだが、「奈良井」という場所へ導く標識が多いのに誘われて示されるままに向かってみる。そしてなんでもない国道19号線から一本道を入ると、そこはなんと、時代劇のオープンセットと見まごうような宿場の町並み!「奈良井宿」という中山道の一宿だったのだが、1Kmほどにわたって見事に江戸時代のままの建築を残した茶屋や土産物屋が軒を並べている*4。バイクを降り、しばし疲れも忘れて散策する。ふらりと入った食堂の人に「今日は特に寒いからねえ」と言われ、現地の人ですら寒いと言うなら相当運が悪かったのだとあきらめ*5、僕はゆっくりと帰途についた。
「もっとも寒かったツーリング」として強く憶えているこの諏訪行だが、この意外な観光のおかげで少し気分の良いものになったのだった。こう思い返してみると、峠攻め一辺倒の今では、気分的にもマシン的にもこういう旅から遠ざかっているなあ……と少し寂しく思ったり。いつの日か、まったりツーリング用のバイクと複数台所有する身分を目指したいものだ。
…そういえば帰り道の中央道でも疲れて運転しながら寝てしまい(!)、気がついたら八ケ岳SAに入っていたと言う恐ろしい経験もしたっけ。みなさんも体調は万全に。

*1:発熱性素材の上下肌着、ホロフィル素材のインナーを持つ冬物ライディングジャケット、オーバーパンツ、そしてフェイスマスク。あとはウィンターグローブが欲しいところ。

*2:ああ、コーナーとみれば血が滾り、終わってみれば周りの風景など一切憶えていない今とはなんという違いよ

*3:今風に言うと、あれが「癒された」ってことなんだろうと思う

*4:奈良井宿の情報はこちら。http://www.naraijyuku.com/

*5:実際にはこの前日に出かける予定だったのだが、前夜点検をした時に振動で疲労したミラーステーが折れ、その調達のために一日予定をずらしたのだ!前日なら寒くなかったのに…